劇場公開日 2021年8月20日

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「文学×映画」ドライブ・マイ・カー のむさんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0文学×映画

2022年4月13日
iPhoneアプリから投稿

村上春樹作品は言うまでもなく文学だ。多様な解釈が可能で、そこに自分の人生と地続きな普遍性がある、と言うのが文学の一側面だと思う。

仕事上数年ごとに同じ作品を読み直すことが多いが、読むたびに解釈の幅が広がり、その時点での自分の人生に大きく左右されると言う実感がある。太宰の『富嶽百景』は初めそれほどの感動はなかったが、仕事を始め、結婚し、子供が産まれ、親に死なれたいま読み直すと、初読の時とは全く違った世界がそこに広がっているように見える。

本作はそう言った文学的要素の強い作品だ。おそらく5年後、10年後見返したらまた違った見え方ができるのだろう。見た人と語らいたい、違う解釈を知りたいと思わせるのもまさに文学だ。

初見では「音=テキスト」なのかなと感じた。「そのテキストを口にすると、自分自身が引き摺り出される。」家福は自分自身が引き摺り出されることを恐怖と捉えている。しかしみさきは、引き摺り出された家福の感情、家福が目を背けた音の闇をも含めて矛盾はないと肯定する。家福が音に自己存在を委ねられていれば、取り返しのつかないことにはならなかったのではないか。他のレビューでも多くあるように、再生と肯定が美しく紡ぎ出されていくラストは圧巻だった。

そしてこれは他者性の物語でもある。究極、他者は自己には計り知れない闇がある。それでも他者とつながらなければ自己はない。ありのまま他者を受け入れることで、ありのままの自己を認められるのではないだろうか。

こんなにも優しく包み込まれるような3時間を経験できたことは至福である。

セックスが描かれるためにどうしても生徒と語らえないという部分でマイナス1させていただきました。

のむさん