「今のアメリカの諸問題を明るく描くミュージカル」ザ・プロム といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
今のアメリカの諸問題を明るく描くミュージカル
ネットフリックスが制作した映画で、ネトフリ配信前に劇場で公開するという新しいタイプの映画ですね。しかし、ミュージカル映画は自宅のテレビじゃなくて大画面大音量の映画館で観た方が絶対良いので、今回は映画館で鑑賞いたしました。
私は恥ずかしながら「プロム」というものの存在を知らなかったので、物語の序盤で「プロム」なるパーティーをやるやらないの悶着をしているのを観ててもイマイチピンと来なかったです。ストーリーが進むに連れて、「プロム」というのが高校生活の一大イベントということが何となく理解できたので、問題なく観ることができました。
一応説明しておきますと、「プロム」というのはアメリカの高校で卒業を控えた生徒たちが集まって行なわれるダンスパーティのことだそうです。綺麗に着飾ったカップルが残りわずかな高校生活の最後を締めくくるかのように歌って踊って盛り上がります。この日のためにおめかししたり気になっている子に告白したり、日本でいえば修学旅行と文化祭が合体したような一大行事なんです。この「プロム」についての知識は無くてももちろん楽しめますが、一応知っておいたほうがスムーズに映画に没入できて良い気がします。
最初に結論を言います。この作品は「些細な部分に目を瞑れば、最高のミュージカル映画」だったと思います。正直手放しに「最高!」と褒めることはできませんが、歌唱やダンスは観ていて胸躍る素晴らしいものでしたし、同じ歌をアレンジを変えて4回も歌うことで、キャラクターの心情の違いを描いた演出も思わず鳥肌が立つほどに素晴らしいものでした。後半の展開に若干ご都合主義的な部分があったり、「あの問題はどうなったの?」と、ある問題が放置されている感じがあったので、そこが正直引っ掛かりや違和感を感じてしまいました。
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LGBTQに対する偏見が未だに残っているアメリカ・インディアナ州の高校生であるレズビアンのエマ(ジョー・エレン・ペルマン)は、カミングアウトによって両親から勘当され、そして高校最後のイベントであるプロムにも参加できなくなってしまった。これが人権問題としてPTAと対立し、ネットでも話題になる大論争へと発展することになる。
時を同じくして、ニューヨークでの新作ミュージカルに出演するも大酷評を受けて窮地に立たされた俳優のディーディー(メリル・ストリープ)とバリー(ジェームズ・コーデン)は、たまたまSNSでエマのニュースを見つけ、、自分たちの売名とイメージ回復のためにエマの応援をすることを決め、インディアナ州へと向かうのであった。
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最初は自分たちのイメージ回復のためにエマの活動に協力していたディーディーとバリー。自分勝手な行動や高飛車な発言も多く、エマの抗議活動の邪魔にしかなっていませんでした。しかし、レズビアンのエマが周囲から受ける仕打ちがあまりにも残酷で、それを間近で見ていた彼らもその様子に心を痛め、いつしか本気でエマの活動を応援するようになります。
登場人物のほぼ全員が、自分に何かしらのコンプレックスやトラウマを抱えており、エマの活動を通じてそれらと向き合って解決していく。胸を打たれるような素晴らしい作品でした。
先にも書きましたが、この作品の前半、プロムに向けて準備を進める各登場人物が「人生はリハーサルじゃない」と歌を歌うシーンでは、同じ曲が4回連続で歌われます。基本的なメロディは一緒なのですが、歌詞やアレンジが異なり、各キャラクターのその時の心情を見事に表した演出でした。ここは本当に凄かったです。
【※※以下 ネタバレ注意※※】
ただ、ストーリーの面で気になった部分があります。
この作品の中心人物であるレズビアンの女子高生であるエマは、そのカミングアウトによって両親から勘当されてしまったという悲しい過去がありますが、この問題は全く解決しないまま終わります。劇中では、ミュージカル俳優のバリーとエマの恋人であるアリッサが抱える母親との確執とその和解については描かれていますが、序盤から語られていたエマの両親については登場すらしません。この問題が残ったまま「めでたしめでたし」とばかりに皆で仲良く踊って大団円、というのは違和感がありました。
また、「いがみ合ってた人たちが簡単に仲良くなる」という問題もありましたね。
これはミュージカル映画あるあるかもしれないんですが、めちゃくちゃ険悪な関係の二人がミュージカルシーンを一回挟んだだけで簡単に仲直りしてしまうのが違和感あります。例えば、ディーディーの自己中心的な面を見たことで、ディーディーと校長先生の関係が険悪になります。しかし、この険悪な関係も、ディーディーが校長室に乗り込んでミュージカル1発決めたら仲直り。レズビアンのアリッサと教育ママである母親との確執も、ミュージカル1発で解決。ミュージカルシーンの中で、お互いの主張を激しくぶつけ合うような描写もなかったので、何だか不完全燃焼な感じが否めませんでした。
また、インディアナ州への差別問題もありました。
これだけ「ゲイ(LGBTQ)への差別はやめよう」みたいなテーマを提示しておきながら、インディアナ州への悪口は劇中で一貫して描かれています。これはインディアナ州がLGBTQ差別に繋がる州法を可決させたということからそのような描写がなされているのだと思いますが、正直日本人にはそんなローカルネタ分かりませんし、「LGBT差別はダメだけど、地方差別はやります」という自分勝手な二枚舌にしか見えませんでした。インディアナの批判をしたいがために、「差別ダメゼッタイ」という作品のテーマが完全にブレてしまっていて、これが個人的に一番酷いと思ったポイントでした。
難しいこと考えないで観るミュージカル映画としては非常に素晴らしいものでした。
ただ、細かいところまで観てしまうと色んな穴とか矛盾とか制作陣のエゴとかが見えてくる映画だったと思います。