川っぺりムコリッタ : 特集
【ネタバレ無し感想・評価】『川っぺりムコリッタ』孤独な青年と個性的な人々をめぐる人生讃歌
松山ケンイチ主演 × 荻上直子監督による話題作『川っぺりムコリッタ』が9月16日(金)に公開されます。本記事では、公開に先立ち開催された試写会に参加したファンの感想とともに、本作の見どころを紹介します。
北陸の小さな町に引っ越してきた山田(松山ケンイチ)は、職を得たイカの塩辛工場の社長から紹介された川沿いに建つアパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始めます。できるだけ人と関わらずに生きていこうと決めている山田ですが、隣の部屋に住む島田(ムロツヨシ)が毎日のようにやって来るようになり、静かな日々は一転します。そんな時、子どもの頃に自分を捨てた父親の孤独死の知らせが入り──。
●温かみ溢れる荻上映画の新たなる傑作
ベルリン国際映画祭の児童映画部門で特別賞を受賞した劇場デビュー作『バーバー吉野』(04年)や、単館規模の公開ながら大ヒットし北欧ブームを巻き起こした『かもめ食堂』(06年)、日本映画で初めてベルリン国際映画祭テディ審査員特別賞を受賞した、トランスジェンダーの女性が主人公の前作『彼らが本気で編むときは、』(17年)などで知られる荻上直子監督。オリジナル脚本も手掛けた『川っぺりムコリッタ』は、生きることに積極的になれない孤独な青年と同じアパートに住むひとクセある人々との交流を描く人間ドラマです。
ちなみに、アパートの名前に引用されている“ムコリッタ”とは仏教の時間単位のひとつ。1/30日=48分を指す言葉ですが、ここでは「ささやかな幸せ」の意味で使われています。さりげないユーモアを交えながらも核心を突く荻上節は今作でも健在で、これまで以上に深く、滋味のある物語が静かな感動を与えます。
●コロナ時代に考える幸せのカタチ
人と人との接触機会が減ったコロナ禍、あるいは人間関係が希薄になる現代における人との繋がりというテーマを孕んだ本作。母に捨てられて以来、「自分なんか生まれてこなければよかった」という思いと闘ってきた山田は、友だちでも家族でもないアパートの住人たちに囲まれ、「独りではない」ことを実感していきます。“遠くの親戚よりも近くの他人”と言うように、身近な人たちとの触れ合いにより人生が豊かになることを、この作品は優しい眼差しで描き出します。
また、本作は「人はどうやって幸せを感じることができるのか」という、根源的なテーマにも踏み込んでいきます。生き方や働き方が見直される今、モノや境遇、場所にとらわれない形で自分らしく生きることの楽しさが、荻上監督が得意とする食や美術、会話を通して表現され、幸せの意味を問いかけます。
●死を考えることは、生を考えること
夫を亡くした大家、息子とともに墓石を売り歩く男──川沿いのアパートで暮らす住人たちは、さまざまな形で「死」を感じながら生きています。山田もまた、疎遠になっていた父の孤独死の知らせを受け、死と生という問題に新たに向き合うことになります。
“引き取り手のない遺骨”についてのTVのドキュメンタリー番組を観て以来、このテーマに興味を持つようになったという荻上監督。「死者の骨は、その肉体はもう決定的に存在せず、あの人はもうこの世にはいない、という残酷な現実を目の前に突きつける。それはグロテスクなものだけど、私たちは、それを慈しむ」とコメントしており、本作では、またさまざまなお葬式=亡き人のみおくり方を登場させることで、現代における「弔い」を通して、人と人とのつながりを掘り下げます。
●ご飯はみんなで食べたほうが美味しい
ほっかほかの白いごはん、一人でのんびりくつろげる風呂──ともすれば日々のルーティーンの中に埋もれてしまう、ささやかだけれど確かな幸せを、山田は生活の中に見出します。シンプルで丁寧な生活の基本を見直すことで見えてくる、人生の真実。特に映画を観終わった後にご飯が食べたくなるような魅力的な食事シーンが登場するのは、荻上映画ならでは。
そんな食事のシーンを支えているのは、『かもめ食堂』や『めがね』(07年)、『彼らが本気で編むときは、』など荻上作品に欠かせないフードコーディネーターの飯島奈美。劇中の「ご飯ってね、ひとりで食べるより誰かと食べたほうが美味しいのよ」というセリフが説得力をもちます。
●松山ケンイチ × ムロツヨシの最強タッグ
絶望的と言えるほどの孤独を抱えた主人公・山田を演じるのは、松山ケンイチ。イタリアの映画祭に参加した際、レストランで偶然松山に遭遇した荻上監督が「彼しかいない!」と白羽の矢を立てたというだけあり、淡々とした静かな物腰の中に底知れない不安や闇を抱えた山田を見事に演じています。
そんな主人公の隣人・島田を演じるのが、個性派俳優のムロツヨシ。厚かましくも憎めない島田というキャラクターの“得体の知れなさ”は、二人の関係に緊張感とドラマ性を与えています。思わず笑ってしまう面白さもありながら、それだけでは終わらない“深さ”は、まさに二人の俳優の個性が生み出した賜物といえるでしょう。
共演陣の豪華さもこの作品の魅力。夫に先立たれたアパートの大家役に満島ひかり、息子を連れて墓石を売り歩く男に吉岡秀隆、山田を雇い入れる塩辛工場の社長役に緒方直人、他にも江口のりこ、田中美佐子、柄本佑、笹野高史、薬師丸ひろ子らが顔を揃えます。実力派の俳優たちが意表を突く役柄で登場するシーンには、思わずほっこりさせられます。