ミッドナイト・スカイのレビュー・感想・評価
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壮大なスケールで描く終活
大規模に予算をかけた超大作だけれど、内容は非常に内省的だ。こういう企画は劇場向けには通りにくいのかもしれない。派手なシーンで魅せるタイプの作品ではなく、ブロックバスター映画とは一線を画している分、映画館では売りにくそうな作品だ。こういう企画が拾えるのは配信の良いところなんだろう。
間もなく地球が滅亡する中、南極の基地に一人残った男と、地球が滅亡しかけていることを知らない宇宙船のクルーたちがこれまでの人生を振り返る。滅亡に抗えないことはもうわかっているようで、滅亡回避のための戦いは描かれない。本作はもっぱら人生最期の瞬間をどう迎えるかという「終活」を壮大なスケールで描いたような作品だ。スケールは全く違うが砂田麻美監督の『エンディングノート』と同じタイプの作品かもしれない。
地球が滅亡せずとも人間の人生には必ず終わりがある。人生をどう畳むかは全ての人にとって切実な問いかけだ。高倉健の「鉄道員(ぽっぽや)」にも似ているなとも思った。
ストイックな物語。感激の映像。子役ケイリン・スプリンゴールの天性の演技力にも驚嘆
Netflixのドルビービジョンで鑑賞。ジョージ・クルーニーは俳優として多様なジャンルをこなしてきたが、監督としては社会派寄りの人という印象があった。なので小説が原作のSFで監督・製作・主演と聞いて意外だったが、これは期待以上に本格の味わいだ。まず宇宙船の外観や船内、宇宙服などのデザインがオリジナルな要素を加味しつつリアリティも堅持。宇宙空間でのレンズフレアやゴーストのCGによる再現もアングルに応じてダイナミックに変化するので見惚れてしまう。クルーニーやフェリシティ・ジョーンズなど、アップになった時の肌の質感も格別だ。
話の筋としては「ゼロ・グラビティ」「オデッセイ」といったリアリズム重視の宇宙SFに、マッツ・ミケルセン主演のサバイバル映画「残された者 北の極地」を足した感じか――今気づいたが、「ゼロ~」と本作はリアルが優勢な中での非現実的な要素が一緒だな…。
主人公の孤独を癒す美少女を演じたケイリン・スプリンゴールは映画初出演の新人。台詞がほぼない点にも助けられただろうが、全シーンの演技にワンテイクでOKが出たというから驚かされる。活躍が楽しみな天才子役がまた一人登場した。
澄みわたった映像の中で澄みわたった心情を描く
SFものはあまり積極的には観てこなかったが、ジョージ・クルーニーが監督主演ということに加え、フェリシティ・ジョーンズも出演ということで鑑賞。
ストーリー的には所々で何となく腑に落ちない感が拭えないのだが、全体を通すと壮大で澄みわたった映像はとても観応えあったし、地球の危機に直面した人間の感情を最大限良心的に描いているあたりは、とても気持ち良く観れたかな。
ただ、個人的にはジョージ・クルーニーのここまでの老け役を観るのは初めてで、モテモテの男前を期待してしまう世代としては、何となくショックな作品でもある。
『渚にて』の手法で地球の終末をさまざまな形で迎える人々を描いた静かなディザスター・ムービー
他の方のレビューを拝見して、秀逸だと思ったのは「終活映画」という評に、「現代版『渚にて』だ」というもの。この二つに尽きるのではないか。
理由はわからないが、人類の過ちのせいで地球が住めない惑星となり、一部は地球から脱出していっているらしい。
しかし、老年で病気の主人公は、残りの人生を北極の天体観測所に残り、誰かを救う一助になることを願う。それが彼の「終活」=人生のケリのつけ方である。
他方、地球の情報がまったく入ってこない宇宙船で、地球に戻ろうとしていた乗員は、小惑星に襲われながらも、何とか地球を観察できるところまで帰還する。そこは茶色い渦巻に覆われ、地表では誰一人生存できないとすぐにわかる。ならば、移住計画のできている木星の衛星に戻った方がいいはずだ。
しかし、クルーの半分は地球に戻っていく。家族を探すとか、死亡したクルーを地球に戻してあげたいという理由で。これもまた、べつの「終活」だ。
残る2人のクルーは木星の衛星に移住することで希望をつなぐが、いずれにしろ地球の終末は変わらず悲哀が漂うのである。
宇宙船でクルーが揃って「スイート・キャロライン」を大声で歌うのは、『渚にて』で酒場の客がいっせいに「ワルチング・マチルダ」を合唱するシーンのオマージュに違いない。
人類の終末と言えば、だいたいは騒がしいディザスター・ムービーというのが通り相場だが、地球の終末をさまざまな形で迎える人々を描いた静かなディザスター・ムービーが本作である。ただ、核戦争反対という明確なメッセージを秘めていた『渚にて』と異なり、本作ではそのような政治的メッセージが希薄という点だろう。むしろ、特定の政治的課題というよりは、温暖化や核戦争、環境破壊等の様々な原因による人類終末の予感を訴えているのかもしれない。
BGMは哀感が漂ってなかなかいいが、ちょっとくどいかも。最後に少女の正体がわかった時や、木星の衛星の映像が流れるシーンは心に響くものがある。
『キャロライン♥』は一人で終末旅行に出発しなければならない。
『Tennessee Whiskey』
クリス・ステイプルトンで始まる。
良いテーマを題材にしているが、色々な事を盛り込みすぎて、残念ながら全て中途半端になってしまっている。
ロードショーで2年くらい前に新宿で見た。
本日は3回目の鑑賞になる。
『世界の終わりの天文台』を読んだ。映画だから仕方ないが、小説では少女の正体は早くから明かしていたと思う。
さて、結局、一組3人の家族が残った訳だが、残念ながら、彼らは『アダムとイブ』にはならない。だから、人類の終末と言う事。生まれた子供が人類の最後。
理由は、新井素子先生の『チグリスとユーフラテス』や手塚治虫先生の『火の鳥 望郷篇』を読むべし。
しかし、似たような少女を探したものだ。少女終末旅行だよ。『キャロライン♥』は一人で終末旅行に出発しなければならない。博士の見る幻想を、これから起こる少女の話と捉えれば、許せる話だと思う。つまり、そうならば、傑作になるのだが。原作はそうだったと思うが、演出家や制作者がそのように表現していなかったと感じる。つまり、地球に対する望郷を破滅として描いている。その点を減点せざるを得ない。
ニール・ダイアモンドの『スィート・キャロライン』2曲とも白人男性には人気があった。
フェリシティが好き!
観ながらハラハラするシーンもあり、楽しめたけどストーリーとして先読みできるため少々これ以上の加点は難しいかな?!
フェリシティが好きなので鑑賞しましたが、2時間程度の暇つぶしには最適な映画だと思います。
ジョージクルーニは相変わらず渋かったです。
文学的なSF映画
ジョージ・クルーニー監督、主演のSF。
共演はフェリシティ・ジョーンズ。
現代版『渚にて』というだけあって、徐々に進行していく地球の終わりを静かに描いている。
『渚にて』の主演グレゴリー・ペックの孫イーサン・ペックがクルーニーの若い頃を演じており、終盤それぞれが選ぶ道も『渚にて』を彷彿とさせる。
ちなみに『渚にて』は第三次世界大戦により世界が放射能に覆われ滅びていく人類を描いた作品。
全編派手さはないが美しい映像と上品なカメラワークと落ち着いた演技で良い映画を観た気分になれる。
鑑賞の後味は『インターステラー』や『ゼロ・グラビティ』に似てると言われているが、切なく物哀しい余韻は『ガタカ』っぽくもある。
終末へ向かうヒューマンドラマなので、笑えるシーンはほとんどないが、産まれてくる子供の名前の話でキャロライン推しのサンチェスが『Sweet Caroline』を歌い出すシーンは微笑ましくて笑えた。
派手さはないが良作
地球が汚染されてしまった中、北極の天文台に一人残る科学者と地球が壊滅したことを知らずに木星から帰還する宇宙船の話。
これといった派手さはないが、映像も美しくて感動するシーンもけっこうあった。
オチも何となくわかってたけど、キレイ✨
どうやって生きるか…
家族を失ってしまったのなら、一人で生きていく意味を見出すのは難しいかもしれない。命を失うことが分かっていても、僅かな可能性にかけ、家族を探したい。私も地球に戻る二人と同じ立場ならそうしたかも知れない。謎の少女アイリスは何となく幻だとは思ったのだが、サリーが実は娘のアイリスだったとは分からなかった。若干違和感を感じたのは放射能汚染があるからマスクをして基地を出発したと思うのだが、二人共その後すぐに外していたところ。エンディングの宇宙船の二人のシーンは何か意味があってのことなのか、間延びした感じがした。
人生の最後に思うこと・・・
淡々と進むストーリーですが、しっかりと引き込まれていくものがありました。
宇宙の彼方と北極の基地での出来事が、後に交錯することとなり
それは各々の人生が交錯する様となって、最後に心がグッとこみ上げました。
子役のアイリスは台詞がなくともしっかりと伝える演技が出来ていて
重要な役を見事に演じ切っていました。
人生の最後に思うことは人それぞれだけど、
思い出すことは心残りがある内容なんでしょうね。
人生に1番大事なものは何か?それは世界にとっても同じこと。
少女がアイリスの花を描いて自分の名前を示したように、本作も台詞ではなく映像によって観るものにメッセージを伝える。
観客が能動的に読み取って成立する映画だ。
いろいろな物に触れるアイリス、透析、グリンピース、宇宙船の内外のデザイン、山に囲まれた観測所、カットとカットの繋がりにも意味が込められている。
想像力を総動員して見ると楽しい。
その中でも花は希望の象徴。
ラストシーンの椅子の向きは心に響きました。
人の繋がりを大切にすれば世界はもっと平和になる。
ただし残念なところもある。
妊婦が船外活動するのは放射線被曝の面から考えるとちょっとありえないのではないか?
氷が割れるほど気温が上がっていたとしても低体温症にならないだろうか?
旅路(宇宙も地上も)でのイベントが淡白かつ予定調和、どこかで見たようなシーンが淡々と進み中盤以降集中力が切れてしまい早送りしてしまった。
ちなみに、地球がああなった理由が説明されないのは主題がそこではないから。
疑問点、字幕が宇宙船アイテル号となっているが、英語でイーサーと発音しているのになぜなの?
透析が輸血になっているし、訳はコレで合ってるのか?
北極基地で生きる博士と、探査任務から帰還するクルーたちが、滅亡の危...
北極基地で生きる博士と、探査任務から帰還するクルーたちが、滅亡の危機にある地球を前に生き方の選択をする映画。クルーが地球に帰還するのは家族との約束を果たすため。オーガスティンが死を迎えず抗うのは誰かを救いたいから。アイリス達が新しい居住地に戻るのは未来を紡ぐ、新しい命のためでもある。目立つようなヒューマンドラマを繰り広げる訳ではないが、それぞれの想いを映像の端々で感じさせる映画。最期、オーガスティンが娘の存在に気付くシーンがドラマチックに描かれていたのが印象的。
何の災害?
2021年8月3日
映画 #ミッドナイトスカイ (2020年米)鑑賞
北極パートと宇宙パートを同じ比重で描こうとすると感情移入しにくくなるよね。それなら、もう少しこまめに行き来させた方がよかったかもね
#インターステラー #ゼロ・グラビティ #ジョージ・クルーニー を思い浮かべ、既視感たっぷり
地球の静かな最後
静かにジワジワと汚染されていく地球がリアル。その中で必死に生きようとする人々、反してひっそり最後を迎えようとする1人の科学者。
SF映画と言うよりはヒューマンドラマですね。
いつしか少女が掛けがいのない存在になって行く様子は観ていてグッと来るものがありました。
最後に少女の正体に唖然としてしまいましたが。
いい意味で裏切られました。
欲を言えば、地球に帰還した2人のその後を映像にして欲しかったかな。
ヒーローも出ないし、派手な戦いもない、どちらかと言えば静かに淡々と進んで行く感じで、観るものを選ぶ映画だとは思いますが、私には好きな映画の1つになりました。
ダラダラしてる
大抵SFで世界の終わり系は評判悪くても
楽しめるタイプだけど、これは無い
Netflixの印象がめちゃくちゃ悪くなった
ジョージクルーニー監督向いてないと思う
感情的にさせようとしてダラダラとなる映画ほど
寒いものはない
イスカンダル星に行くしかない…
嫌いぢゃないです…非常に美しいシーンは見所だし、少し謎めいた人間関係も受け入れられる。ただ宇宙空間の描写は静かであって欲しいとは思った。
まだ人類の存亡に関わる事件は詳しい描写はなかったものの、幾つかのシナリオが頭に浮かぶ…あり得ない事でもないなと。
地球(私)より宇宙(君)へ
これまでに6本手掛け、中にはオスカーにノミネートされた秀作もあり、もう立派な“映画監督”ジョージ・クルーニー。
ジャンルも社会派ドラマ、政治サスペンス、レトロなロマコメ、戦争活劇、ブラック・コメディ…と多岐に渡るが、7作目となる本作は初ジャンル。
いつぞやのアカデミー賞で、“このハリウッドで社会派映画を作れる事を誇りに思う”と力強く語っていた彼が、何とSFに挑戦!
しかし、『ミケランジェロ・プロジェクト』の時もそうだったが、ドンパチドッカンド派手なアクション要素満載のSFではないのは百も承知。
滅亡免れぬ地球。
多くの人が母なる星を去る中、科学者オーガスティンは一人残った。
極寒の北極基地で、無線で“誰か”と交信を何度も試みようとする日だけが過ぎていく…。
地球滅亡の理由は描かれない。“事件から数週間後”とだけ。
いきなり唐突過ぎる、意味不明…と賛否あるようだが、これについては異は無い。
もし、本当に滅亡の時がやってきたら、それは突然。誰も教えてくれない。分からない。
コロナだって突然だった。
オーガスティンの身体は病にも侵されている。薬の服用は必ず。それでも苦しく、時折動く事もままならない。
…なのに、基地の中の様子がヘンだ。
自分の他に、誰か居るような…?
それは間違いなかった。
女の子が、一人。
オーガスティンは再び無線で呼び掛ける。誰か女の子を迎えに来てくれ。
当初の交信も継続する。それは…
地球へ向かうある宇宙船との交信。
地球に帰ってきてはいけない!…と。
しかし、何故彼はそんなに必死になるのか…?
アイテル号。
クルーはゴードン船長以下、サリー、ミッチェル、サンチェル、マヤの5名。
木星の衛星に人類の移住可能な星を発見し、そのミッションを終え、地球への帰路を急いでいた。
サリーは船長との子供を妊娠し、移住可能な星も発見して希望も抱いて。
…が、彼らは今の地球の現状を知らなかった…。
極寒の北極でのサバイバルと広大な宇宙から地球へ帰還しようとするクルーたちのドラマが交錯して展開。
言わば、『レヴェナント』×『ゼロ・グラビティ』な感じ。
まず、“北極パート”。
突然現れた少女。無口で、何処かミステリアス。やっと口を開き、“アイリス”と名乗る。
今居る基地の無線の調子が悪く、別の基地へ移動する事を決意する。
凍てつく寒さ。氷が割れ、極寒の海へ。周囲をうろつく凶暴な白い影…。
移動手段も無くし、途中から徒歩で。
満身創痍の中、ようやく辿り着く。
“宇宙パート”。
順調な帰路だったが突然、コースから外れてしまう。未知の領域を行くしかない。(このシーンと極寒の地を行くオーガスティンらがリンク)
隕石群が襲来。衝突し、通信系がダメージ。直前、初めてオーガスティンと交信出来たのが途絶えてしまう。
船外に出て修復ミッション。再び、隕石群が…!
両パートに各々、スリリングな見せ場と深淵なドラマを設ける。
オーガスティンとアイリスの交流。勿論これはこのパートの主軸で、最後にも活きてくる。
ジョージ・クルーニーが渋く、哀愁深い演技で魅せる。
地球の滅亡を表したような北極シーンも圧巻だが、やはり宇宙シーン。
宇宙船のデザイン、セット、宇宙の映像、そして人類の新たな星K23…その素晴らしさ、美しさ!
SF好きには堪らないだろう。
アレクサンドル・デスプラが奏でる音楽にも酔いしれる。
映像、CG技術、美術、音楽…これらのクオリティーは超一級。
つまらなくはなかった。
好きか嫌いかで問われたら、嫌いではない作品だ。
確かに好みが分かれるSFだ。知的SFが好きな人は好き、エンタメSFが好きな人には退屈。
が、知的SFでも『インターステラー』のような興奮に欠けた。
特に北極パートは静かで地味な画が続く。
両パートにスリリングな見せ場…と前述したが、何だか既視感あり。やっぱり、どう見たって『レヴェナント』×『ゼロ・グラビティ』。
また、時々編集が唐突に変わったりもし、何か違和感も感じた。
オーガスティンがアイテル号へ必死に呼び掛ける理由。
実は、オーガスティンとサリーとアイリスは…。
孤独な男が想いを馳せる。愛する人が居た過去の記憶と愛する人が今居る宇宙へ…。
静かで深い感動を呼ぶラストだが、実は早い内から何となく察し付いちゃった。
ゴメンね、ジョージ…。
こういう“たった一人のSF”“極寒の地サバイバル”は鉄板で好きなジャンルだし、悪くはなかったんだけど…、今一つパンチに欠けたかな。
良くも悪くも初挑戦のSFでもクルーニー兄貴の特色が出たね。
ひたすら痺れる
地味。今時のSF作品としては、ひたすら地味。そこがたまらない訳で。
滅び行く人類。恐らくは放射能汚染。北極圏の自然。観測所の殺風景。逃げ出す人々の哀しみ。イオン風を受けるための羽を広げた宇宙船のデザイン。回転する船室、反転する重力。
船外作業の合間に眺める宇宙。宇宙船を襲う粉流体。宇宙服のシールドの中で粒になる血液。放射能に汚れた地球の姿。重力ターンで木星に戻る宇宙船。
娘だと知っても、告げること無く見送る老博士。してあげられる事は、何一つ無い少女と、2人だけになってしまった哀しさ。
静謐な正統派SFは、人類滅亡ものの文法に忠実で、無駄な華飾なしの118分。個人的には全く長さを感じませんでした。この地味さに、ひたすら痺れてしまいました。
良かった。かなり。
SF"小説"好きの方にはお勧めします。
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