デニス・ホー ビカミング・ザ・ソングのレビュー・感想・評価
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どう生きたいのかと観客に問う映画
デニス・ホーは本当に格好いい人だと思う。生き様が格好いい。香港の自由のために、一個人としてデモの最前線に立ち、武装警官と衝突を避けるために言葉を尽くす。催涙弾の飛び交う中、一般市民と行動を共にする。国連や米国議会でもスピーチし、歌の力で若者に勇気を与える。中国本土での活動を禁じられ、収入の9割を失っても彼女は活動を止めない。彼女の行動動機は損得を超えた内発性にあるのだ。
有名人が政治的な発言や行動することの重要さを説くような映画ではない。そんなことをこの映画は強制しない。むしろ、自分で考え、自分で自由に選ぶことの重要さを描いた作品だと言える。彼女の行動は誰にも強制されていないし、誰かに望まれたからやっているのでもない(むろん彼女は多くの人に支持されているのだが)。デビュー曲「千の私」の歌詞が彼女の生き方を象徴している。「たとえ私が死んでも、後に続く者がいるだろう」あなたはどう生きたいのか、とこの映画は見る人に訴えている。
押し潰されていく抗う民の声
今から何年か前。返還前の香港には何度も何度も遊びに行きました。さまざまな顔を持った街の風景やバイタリティ豊かな現地の人々。西洋と東洋の融合を感じる・・・どこの国でもない「香港」が大好きでした。返還式典を現地で見てから何年経ったのだろうか?あの時は予想もしなかったまさかの現実に諦めにも似たため息がとめどなく出てきます。
本作を見るまでデニス・ホーさんを知りませんでしたが、本人の人生や生き様自体が香港そのものなのではなかろうか?と思いました。どんどん失っていく歌声、言葉、住む場所、思想、思考・・・自由。香港が別の土地になっていくように、彼女たちは塗り替えることを強いられていきます。色を失っていくということはこのことか。
デニス・ホー自身がポップスターで活動家で性的マイノリティ・・・など稀なパーソナリティであるところが、類を見ない国、香港と重なります。重ねて描いている点が秀逸であり、彼女の希望、悩み、失望などなどが香港のそれに見えます。そして、長期的・大局的視点で希望を捨てない姿に香港もそうあってほしいなとも思いますが・・・ショッキングなデモの映像がショッキングすぎますし、圧政にしか見えない国家権力の横暴さに無力感しかないです。
200万人(香港の人口750万人)を動員しているデモなのに、民意を無視するし約束を反故にするって・・・・。民意ってなんなんだろう?国家ってなんなんだろう?民あっての国なんて・・・嘘っぱちだと思ってしまいます。この映像を鵜呑みにすれば(妙な操作が施されている映像ではないと思いますが)アジアの某大国の所業に眉を細めざるを得ません。某国には都合があるのでしょうが民を蔑ろにするその様は侵略にしか見えません。
本作は中国、香港で上映禁止だそうで・・・。そりゃぁそうでしょう。日本の配給会社はリスクはあるが上映に踏み切ったとのことでした。本作を観れたことは知れたことはよかったです。国家の横暴は日本人もいつかは味わうような気がしてなりません。そうならないように何をするべきか、考えることに無駄はないと思います。
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本レビューは昨年の記載忘れです。
2021年末、デニス・ホーさんの逮捕の報道、香港の一方的な選挙の報道などで、より無力感を覚えました。世界はどうなっちゃうんだろう・・・・
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【”どうかこの歌が、彼らに届くように・・”2021年の香港の現況を見ると、苦い想いが残るドキュメンタリー作品。だが、2019年までの香港民主主義のために、大国と闘った民衆の記録として価値ある作品。】
ー 前半は、デニス・ホーさんがポップス歌手を目指す姿と民主主義思想が彼女の中で形成されて行く過程を、描いている。
後半は、1997年に香港が英国から中国に返還された後、大国からの容赦ない”政治的取り込み”に対する民衆の激しい抵抗と、その中での彼女の姿が描かれる。ー
◆感想
・デニス・ホーさんのご両親(特に父親)の、子供を育てる思想が素晴しい。(というか、当たり前の事を仰っているのだが、英国統治下の香港でも、政治思想的には不自由だったらしいことが語られる。)
一家でカナダ・モントリオールに移住し、デニス・ホーさんは彼の地で、民主主義思想の大切さを身体で覚える。(余りシッカリとは描かれないが・・。)
又、彼女が尊敬、崇拝(に近い)した故、アニタ・ムイさんに憧れ、歌手を目指す姿も描かれる。
ー 前半は、一人の若き女性が成長する姿を捉えているが、やや粗い・・。ー
・デニス・ホーさんは歌謡コンテストで優勝し、一人香港に居住するも、仕事は殆どなく、漸く3年後にアニタ・ムイさんの弟子になる。が、アニタさんは40歳で早逝し、彼女は本格的に自分の道を歩み始め、中国でもポップスターになるが・・。
ー この辺りで、ドキュメンタリーの軸は、一気に香港の反中国政治運動を映し出して行く。やや、構成が粗い気がするが、鑑賞続行。ー
・雨傘運動の盛り上がりと、衰退の描き方は、それまで知識と、僅かなメディア映像でしか知らなかったので、臨場感を持って鑑賞出来た。
そして、彼女が”ポップスターの地位を捨て(ざるを得なかった・・。)”デモの先頭に立ち、警官達に”民主的に話し合おう”と呼びかける姿や、強制連行される姿も。
ー それにしても、中国を統べる男の、香港に対する政治的スタンスの取り方の巧さには悔しいが、舌を巻く。
雨傘運動の際も、民衆にやらせるだけやらせ(三か月のデモ。対応するのは当たり前だが、香港警察。)矛先を、キャリー・ラム香港特別行政区行政長官に向けさせ、民衆を徐々に”もう駄目だ、大国に逆らっても無駄だ・・、”と”諦観”に持ち込むやり方。
キャリー・ラム香港特別行政区行政長官の後ろには、当然、”全人代”が巨岩の様に居るので、殆どの香港市民も諦めざるを得ない・・、という訳だ。
そして、学生運動家黄之鋒さんや周庭さんを、見せしめのように獄に繋ぎ、一方ではひっそりと、民主主義支援をする弁護士や、知識人を拘束するのだ。
”真綿で首を絞める”と言う言葉は、現代のプーさんが統べる国が、香港を取り込む手段に見事に当て嵌る、と私は思う。ー
・今作では、2019年までのデニス・ホーさんが、国連で中国の行いを流暢な英語で批判し、世界に助力を求める姿が、屡映し出される。
ー だが、その後、香港で到頭、稀代の悪法”香港国家安全維持法”(何が、国家安全維持だ!)が制定され、上述したように周庭さん達は、維持法違反で獄に繋がれるのである。ー
<デニス・ホーさんの、後年政治的思想を帯びるようになった歌を全人代を統べる男が聴くことはあるのだろうか・・。>
■数年前、驚愕した事。
・中国の工場に出張で行った時に、現地採用の若者と話していたら、彼らの殆んどは天安門事件を知らなかった(もしくは、知らないフリをしていた)事である。
彼の国の言論統制が半端ない事は経験していたが、
この作品でも映されていたが”オイオイ全世界が、戦車の前に独りで立ち向かった英雄の姿を見ているんだぞ・・”と驚愕したものだ。
人民を粗末にする国は、滅びるのが歴史の常だが、プーさんの国は、今のところ盤石である・・。
<2021年8月22日 刈谷日劇にて鑑賞>
外の世界を知るからこそ語れる『自由』
この映画を観て、改めて海の向こうの大国がめちゃくちゃ怖くなりました。
潤沢な金と(恐らくはその潤沢な金で他国から購入した)武器、国家に従うことを当然のこととして生まれながらに教育されてきた人々。
ほん怖。
まだ日本人で良かった。
個人的な感想ですが、この映画は一見していちアーティストの生い立ちをクローズアップする…と見せかけて、この映画の主題である『自由な香港人』のいち題材としてデニス・ホーという人物を選んでいるように感じました。
香港生まれカナダ育ち、メインの言語は(恐らく)英語、各賞総なめの歌手兼ヨーロッパのブランド企業も目をつける美貌の持ち主、そして同性愛者。
まさに本土の人達にとっては宇宙人みたいなタイプだと思います。
正直、香港で民主化デモが起こっていなくても、いずれ彼女のようなタイプは弾圧されていたんじゃないかと。
ポスト・アニタ・ムイの地位を捨てて自分の言葉で話すようになった彼女は、怖いものなんて何もないというように感じました。
ただそれは、統制を取りたい人間達にとってはただの脅威であるはず。
なんかこれっておかしくない?
そう思う人がもっとたくさんいたのなら。
他の本土の人々も、彼女と同じように自由を知る人間達であったのなら。
恐らくは、彼女が排除されるようなこともなく、香港の歴史も変わっていたんじゃないでしょうか。
【ハイブリッド・シティ】
デニス・ホーが、アメリカ・ワシントンの公聴会で、
香港を「Our hybrid city」と呼んでいた。
デニスが、涙を堪えて声を詰まらせているように聞こえた。
この場面は胸が熱くなる。
アニタ・ムイと出会い、
アニタ・ムイが亡くなった後、追いかけ、乗り越えるように歌手として大成功を収め、
LGBTの差別を禁ずる法案を後押しし、勝ち取り、
自身が同性愛者であることをカミングアウトした場所だ。
そして、ひとりの民主活動家として、自由を求める人々の象徴として雨傘運動に参加した場所。
拘束された場所。
本来は、共産主義と民主主義が共存し繁栄するはずだった場所。
90%の収入を失った場所でもある。
こうした多様性が混在し、ハイブリッドな国際都市となるはずだった香港は、今、危機に瀕している。
周庭や黄之峰は、デニスの背中を追いかけるように民主化運動を展開していたのかもしれない。
先般、この作品の上映を機に、TBSの報道番組が、デニスにコンタクトを試みたが、返信はなかったと言っていた。
その直後、周庭が釈放されたことでふと感じたのは、デニスは、自身の逮捕の際よりも、現在は、もっと中国からの締め付けが強くなっていて、自身の発言が民主活動家を刺激し、更なる悲劇につながることを危惧しているのではないのかということだった。
周庭氏は、解放直後に、真っ黒な画像をインスタにアップして、少し身体を休めたいとメッセージを発していた。
まだまだ、彼女たちの闘いは続くのだろうか。
僕の知り合いの台湾出身でカナダ国籍を持つ海外のグローバル企業で働く人は、会社から香港に出張しないように言われている。
日本の企業には、こうした配慮はあるのだろうか。
香港に出張できないのであれば、まさか有用性は低いなどと考えられたりはしてないよねと念を押したくなる。
僕は、チベット問題、内モンゴル問題、新疆ウイグル族へのジェノサイド、香港民主主義への弾圧を抗議するアムネスティに実名で署名している。
それで、僕は、もう香港や中国に渡航することを諦めている。
なぜなら、中国政府は、中国以外の外国人でも、こうした抗議活動に参加した場合、中国国内では罪に問われるとする法律を制定したからだ。
つまり、中国政府は、ネットを通じて、あんた達を監視してるという脅迫をしているのだ。
ただ、こうした脅しをするということは、同時に中国政府は民衆の力を恐れているということでもある。
だから、脅すのだ。
反社会的勢力と同じだ。
先般、NECを干すとか言っていた我が国のIT大臣もこの類だ。
バカだ。
もとい。
僕はバックパッカーとし世界中を旅もしたし、宗教遺跡を訪れるのも好きなので敦煌には一度行ってみたかったが、そんなことより、チベット、内モンゴル、新疆ウイグル、香港への弾圧を阻止することの方が重要だ。
日本の政権の動きは鈍い。
こうした人権問題で率先して動くのは、大概ヨーロッパかアメリカだ。
日本には、尖閣諸島付近に中国船が現れると大騒ぎする特殊な走性を持つ人種がいるが、この人種は人権問題だと、なりを潜めている。頭が追いつかないのだろうか。
政権には、香港の人材を呼び、東京を再び国際金融都市に…なんて計画があるというが、そんな香港の混乱に乗じた計画は、やらずぼったくりみたいで好きにはなれない。
香港の人達は、まだまだ闘う気持ちの人も多いのだから、そうした人達に失礼だとは思わないのかと言いたくなる。
安倍、菅義偉と続いた政権で、日本もモラリティが低下してしまったのだろう。
この作品を観て、デニスはすごいとか、周庭は頑張ってるとか、香港は大変だと思うのは当たり前として、是非、事態をニュースだけではなく、抗議運動はアムネスティなどでも展開しているので、署名して抗議の意思を明らかにしても良いというのであれば、参加して欲しい。
そうした世界の胎動をあの国の政府は恐れているはずだ。
世界から孤立するのを恐れているはずだ。
デニス•ホーのドキュメンタリー
香港って、どうなっちゃってるんだろ?と思ってたところにこちらのドキュメンタリーに出会いました。
コロナ禍で影が薄くなってるけど、まだまだ戦いは続いてるのよね。
がんばれ、香港!
矛盾ありかな。
この映画は、香港のデモを題材にしているのかと思いきや、デニス・ホーという人、個人にスポットを当てた内容になっている。
対中国という問題に関しては、世界中で、矛盾が噴出している。
チベット、ウイグル、内モンゴル、そして、自国の国民に対し、中国共産党は人権侵害を繰り返してきた。
今に始まったことではない。文化大革命で多数の犠牲者を出し、天安門事件で多数の学生を殺戮し、今、香港で多数の人達を弾圧し、暴力の前に屈服させている。
デニス・ホーのマーケットの9割は中国だったという。彼女の栄光は何だったのか?中国共産党に対し、抵抗したことで、そのマーケットから締め出されたということらしいが、その栄光こそ、虚業だったのではないか?
中国から締め出された後は、自分でメークをし、5人のスタッフでライブを行っているということだったが、もともと、その程度の規模だったということではないのか?
人権侵害に目をつぶりながら、世界中の人間が、企業が、中国マネーを漁っている。
我々に関係のないことなのか?日本には、今、中国製品が溢れ、それらを日常的に消費している。
その中に、強制労働でつくられた製品はないのか?ウイグルで生産された綿を、あなたは着ていないか?新疆綿、それだ!
そのスボーツウェアは、強制労働でつくられたものではないのか?工業製品は?
自分が同性愛であることを告白した香港の“スター”を通して、虚実とは何かがあらわになる。
そう、そんなもの最初から無かったんだ。すべては虚構だったんだ。
日本のバブルは潰された。しかし、本当に潰すべきだったバブルは、中国共産党のバブルだ!
今こそ、世界の人々は、虚を捨て、真実をつかまなければならない。
ナチス以上の犯罪組織、中国共産党を、もう許してはならないのだ。
ドキュメンタリー/これが香港の真実かは別として、上手い!
デニス・ホーのドキュメンタリーである。
香港、中国の政治問題、市民活動の映画ではない。でも、この映画が気づかせてくらる!
"自由は、奪われて、初めて、自由に気付くぞ"
"自由は、一度手放したら、もう我が手に戻らないぞ"
だから、いま戦っている!
香港の老若男女な人々が。
香港は、刻々と民主主義から中国共産社会主義に侵食、塗り変わっていくなかで、
必死に抵抗していることを、改めて知ることができた。
デニス・ホーと香港が、うまく絡み合う。
脱線するが、
ジョンは"Peace!Peace!"と、叫んでいただけ、だったような・・・
ホーは凄い!
戦っている!
香港の叫び
日に日に増す中国の力。香港のニュースも少なくなった。一体今はどうなっているのだろうか。
香港を守るべく立ち上がったアーティスト、デニス・ホーを追ったドキュメンタリー。魂のこもった歌に心を揺さぶられた。
未完の物語
「素材で勝負」というか、デニス・ホーという歌手のヒストリーを追うことに徹している映画だった。
民主主義と自由や、同性愛者差別への抵抗という価値観が、作品のベースにあるものの、あくまでデニス・ホーの行動や考え方を通して、間接的に主張される。
政治と芸術の関係も、香港の抗議デモも、すべてデニス・ホーの姿がファインダーだ。
そのため、香港通でない限り、分かりづらいこともある。
天安門事件に危機感を抱いた両親に連れられてモントリオールに移住し、価値観がすっかり西欧化しても、民族の嗜好というか、“香港ポップス”に夢中だったのは面白い。
「(デニスが)スカートを穿かない」と嘆く師匠のアニタ・ムイは、派手な衣装や化粧、大がかりな演出という、典型的なショーマンに見える。
そういう師匠の真似を止め、レズビアンをカミングアウトし、次第に自分らしさを追い求めていくデニスに襲いかかった、「一国二制度」の破壊。
ただ、自分はもっと“音楽映画”かと予想していたし、尺が長くなっても、その方が良かったと思う。
ミュージシャンを扱う以上、人間と音楽の2本柱で進めるべきだ。
また、「認められていない個性を持つ人もいる」など、デニスの思いが詰まっていそうな歌詞がたくさん出てくるのだが、その深い思いに迫ることもなく、どんどん流されてしまう。
制作者のデニスに対するとらえ方は、「抵抗のヒロイン」という、やや外面的、ステレオタイプ的な側面にとどまっている。
この作品の良いところは、2014年の「雨傘運動」以降、デニスが中共の要注意人物になって、収入の9割を断たれた後の姿も追いかける、“未完”のリアルタイムな物語であるところだ。
歌への情熱は失っていないようだ。歌を通して、自身をアップデートし、リヴァイヴさせる。映画の題名は、「デニス自身が、歌と化す」という意味だそうだ。
現状、そこにしか救いはない感じだが、お客がいる限り、デニスは生き抜くだろう。強い声をもった、強い女性だ。
少し違う言葉を話す、同じ民族による弾圧。
同時期上映の映画「戦火のランナー」と並んで、「国」について、とても重く考えさせられた映画だった。
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