劇場公開日 2021年9月17日

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「モラルと矛盾が天秤のように揺れ動く世界で、行動する由宇子が魅力の社会派ハードボイルド映画の傑作」由宇子の天秤 ミラーズさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0モラルと矛盾が天秤のように揺れ動く世界で、行動する由宇子が魅力の社会派ハードボイルド映画の傑作

2021年10月25日
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鑑賞方法:映画館

テレビドキュメンタリーの敏腕ディレクターとして顔と父親の経営する進学塾で講師の顔の二つの異なる世界で生活を送る由宇子は、自殺した女子高生と教師の取材を精力的にする側、父親の塾でも大きな問題に巻き込まれる。

若干ネタバレあり

行き過ぎたマスコミ取材により世間から偏見の目向けられて自殺したとされる女子高生と教師とドキュメンタリー作家としてのモラルや同じマスコミ界での矛盾を主軸に置く物語として観てゆくとドラマにいくつかの変化とドンデン返しうけるミステリー的構造になっているが、個人的には、瀧内久美が演じる「由宇子」のハードボイルドな行動を交えて魅力に描く社会派ハードボイルド映画の傑作であった。

常にフラットで中立な心情と行動を規範にしている由宇子が仕事と私生活における出来事によってモラルと矛盾が、天秤の様に揺れ動く様を、瀧内久美が「由宇子」になり切って演じておりとても冷静かつハードボイルドな姿と行動が魅力的。

冷静沈着なだけではなく、筋の通らない事柄にも反発や不快感を表明する熱もあり、人に寄り添う優しさもある。(打算がない訳ではないがあの行動は一朝一夕には出来ない)

サラ・パレツキー原作の探偵V・I・ウォシャウスキーみたいな役を演じて欲しい。
ちなみに自分的ハードボイルドの定義は、探偵や刑事が悪党を殴ったり蹴ったり射殺したりする話ではなく、苦闘し揺らぎながらも自分の心情や行動規範の行う人の話です。(悪党を殴ったり蹴ったり射殺する映画も好きですが!)

監督と脚本の春本雄二郎氏は、2本分できる題材を一本の映画に巧みにまとめ上げて、「由宇子」視線を絶妙な距離感を保ちながら丹念に描写する演出で唸る出来映え。
経歴を見ると池波正太郎の人情ハードボイルド時代劇の鬼平などの助監督などを務めていたとあり「由宇子」の性格や行動にも反映されているのでは?などと想像してしまう。

登場する役者も瀧内久美や光石研はもちろんだが、塾の生徒の萌役の河合優実のアイドルにも向いている容姿にも関わらず、難役演じており萌の寂しげな佇まいと絶望を体現している。(サラサラした黒髪で少し幼い感じは、アニメ声優系やアイドル系のオタク達に人気が出そうなのに、彼らが最も嫌悪するタイプの役柄をやっているので、俳優としてやってゆく決意表明なのかも?。おや?誰か来たようだ・・)

由宇子協力者で医者役の池田良の化粧途中の歌舞伎役者の様な不気味な色気を感じる雰囲気と仕草や、萌の父親役の梅田誠弘もDVな父親な側面と娘を思いやる姿の硬軟合わせた変化みせてどちらも印象的。

以前見た『いとみち』も青森のメイド喫茶舞台にしたモエ?の入った単純なご当地映画に見せかけて、その実はしっかりとした女性応援歌だったが、本作もマスコミ批判は元より登場する殆どの女性達が世間の偏見や社会や組織の冷酷さや男達の身勝手にさらされて貧困に落ちたり傷つけられる姿を由宇子の目を通して暴いている。塾の女子高生たちさえも、軽薄な男子に対し苛立ちをあらわにしている。

上映時間が2時間半もある作品だが、瀧内久美演じる「由宇子」の魅力とそれを引き出す丁重な演出と変化のある展開で、引き込まれる良作。

ミラーズ