「科学は人類を超えるのか?」映画 太陽の子 哲也さんの映画レビュー(感想・評価)
科学は人類を超えるのか?
「科学は人類を超える」
主人公と会話する話者、おそらくアインシュタインが、主人公に語った言葉。
科学のどこまでも透徹な論理と、人間の情緒や倫理観は、時に相容れない事もあるのか。
主人公の母親が「あなたは恐ろしいことを言う。科学者とはそんなに偉いのか」という問いは、間違ってはいないのだろうが(科学者にとっては)おそらく正しくもないのだろう。(だろうか?ちょっと僕には理解できないが…)
インターネットを持ち出すまでもなく、軍用の技術が民間に転用され、世の中の発達・発展に寄与してきた事例はたくさんある。
現代ではAIなどもそれにあたるだろう。世の中をより便利にすることが期待される一方で、人間の関与なしに敵を殺傷する兵器、自律型致死兵器システム(LAWS)という禍々しい技術も開発されている。この両方は、科学的には同じ論理・考え方が基になっている筈だ。科学者の苦悩はきっと現代も続いているのだろうなぁ…。
比叡山の上で、母親から渡された大きなおにぎり(それは弟が再出征する時に彼女が渡した大きなおにぎりと同じもの)を頬張る主人公が、噛み締めるほどに涙を流すシーンは、科学者である自分と息子である自分との葛藤だったのだろうか…。
若い登場人物3人が、未来に想いを馳せて語り合うシーンは、切ないけど美しかった。
全く勝てる可能性がない戦争に突入してしまった日本。一義的には為政者・軍人・官僚の責任なのだろうが、当時の世の中には一部戦争を待ち望む雰囲気もあったと聞く。この国は付和雷同、というか、大勢の意見・主張に流されやすい。一見正論に思えて否定しづらいことには、皆一様に従ってしまったり、従わない者を糾弾したりする。最近で言えば自粛警察だったり、当時だったら「欲しがりません、勝つまでは」みたいな、現代から見ればおぞましくも滑稽なスローガンだったり…。
未来を正当に夢見る自由を奪われてしまった人たち。本当に切なく、悲しいことです。
300万人余を死に追いやった為政者・官僚のような人間が、再び現れることがないよう祈るばかりだ。それに付和雷同する市井の人々も…。
そして僕達は「自由であること」の素晴らしい価値を守り続けなければならないと強く思った。
あ、あと言わなくても良い事を言ってしまいます。エンドロールのBGMは、ホントなくて良かった^^;