「この映画が8月6日に公開された意義は大きいと思います。」映画 太陽の子 ゆっくりのんびりさんの映画レビュー(感想・評価)
この映画が8月6日に公開された意義は大きいと思います。
原爆を描いた映画作品に今年の夏、また秀作が加わりました。
戦争が始まってしまうと、勝つためには手段を選ばない加害者になる可能性の恐ろしさ。
実験に明け暮れる修の日常を通して当時の空気も描いていますが、真面目に時には狂気に取り憑かれながら、ひたすら研究を自分のために追求する修の姿。
また、発展に伴い、科学のための科学になりかねないような手段が目的と化してしまうゆえに制御出来なくなり、人類の幸せの発展のためではなく、別の論理で暴走する危険は他の分野にもありますね。報道カメラマンが人命救助よりも撮影を優先したりするなど。
でも、科学の場合のもたらす壊滅的影響や破壊の激しさは、別の分野と比べて測りしれない。
政治やあらゆる勢力に利用しようと狙われる。
爆発的に拡大していくのは、核反応のみならず、人間の欲望もなのか。
戦争を早く終わらすための圧倒的な武器、という言い訳も人間の陥りやすい詭弁、言い訳だと恐ろしくなりました。
淡々と描かれるこの年のあの夏。
俳優の演技はとても素晴らしいですね。
いつも演じる役柄とは異なり、科学にのめり込む科学オタクを演じる柳楽優弥さんは、まさに不器用で真面目ゆえに偏った、狂気もはらんだ修にしか見えない。
比叡山でおにぎりを食べるシーンは徐々に音が消えて、目の離せないハイライトシーン。
自分の心に入って行っているのか。
迎えに来る世津は修の心の中の風景であり、修の良心の体現なのだろうか。
手段が目的となってしまう魔境から救い出したのは、女性が失わなかった生活に根付いた健全な毎日を生きる意思。
妹の力という言葉を思い出しました。
その世津を演じる有村架純も、芯のある流されない、前向きで明るく生きる女性を演じています。
有村架純以外には考えつかないほどに世津にぴったりですね。
苦労を身につける事なく、明日への原動力に変える愛さずにはいられない世津の存在がこの映画の救いとなっています。
三浦春馬の裕之の印象もひときわ鮮やかで、その爽やかな笑顔が戦争の酷さを対比させて、強めています。
登場シーンからの風の流れるような清々しさ。
海辺で修の話を聞いた時、焚き火を見つめている時、出征の朝に母親を見つめるその時々の表情の深さに引き込まれ、胸を突かれます。
また、いろいろな笑顔。
感情を隠した笑顔も切ないです。
笑顔の下の激しい葛藤。
もうじき戦争が終わるのに特攻隊に何故、志願を?
そこから、いろんな事を考えさせられました。
建前でガチガチになり追い詰められていく国民。(あえて国民を使います)
建物を取り壊された時、学徒出陣の時、万歳と言わざるを得なかった当時の空気。
犬死と認めるよりも、まだ名誉の戦死として、故人の人生に意義を添えたい人間的な優しい、ある意味では弱い気持ちが、いつの間にか利用され、幼い少女に「子どもをたくさん産んで捧げます。」と言わせてしまう洗脳の恐ろしさ。
戦争の理不尽さを改めて呼び起こす裕之の姿です。
助けられた裕之と、その裕之を修と一緒に抱きしめる世津が浜辺で心情を吐露する場面が、淡々としたこの映画の中で唯一、真情が語られる場面です。
裕之はお国のためという建前以外にも、亡くなっていった仲間への罪悪感に苛まされてもいました。
永遠の0で三浦春馬の演じた青年の祖父である岡田准一の演じた零戦パイロットの気持ちに通じます。
その罪悪感の気持ちに絡め取られずに、生きる方向、未来を亡くなった方の分まで生きよう、そう思わなくさせられる戦時下の異常さ。
三浦春馬の姿から、世津が裕之の手を取ったり、母が裕之の耳を触ったりのアドリブによる名場面が生まれたそうです。
思わず、演技中だという事をを忘れさせて、役柄の本人その人にさせてしまったのでしょうか。
三浦春馬がいかに他の俳優の心情を揺り動かす名優だったのかが分かりますね。
田中裕子も存在感がありました。
比叡山に登るという修に語りかけるシーンは圧倒的。
暗い画面で語る姿には凄みを感じました。
個性的な研究室の皆さんも素晴らしい。
日本も原爆を開発していたからといっても、現実問題として出来上がった原爆を躊躇せずに当時の日本が投下していたかは分からないし、原爆を投下した米国の責任が軽くなる訳でもありません。
米国からのエクスキューズ的にこの映画を捉えると、この映画の価値を損ないます。
日本は被爆国である。
その事実は変わらない。
人間の心こそが原爆を産んだ、誰でも加害者になりうる。
でも、歴史は変わらない。
唯一の被爆国は日本だけ。
声をひそめる理由にはならない。
最後の海辺で3人がはしゃぐシーンは、その前のアインシュタインと思われる科学側からの「科学の進化は誰にも止められない、破壊は美しい。」との言葉に対して、人間からの人生の素晴らしさ・美しさを描き、人間は科学などの概念に乗っ取られるだけの存在ではない、人間が第一、人生こそが美しいのだとのメッセージだと受け取りました。
無邪気にたわむれる3人の明るい海辺の美しさは、忘れられない。
当然、あったはずの凡庸な日々の楽しさ。
未来の普通の日々の1ページ。
ぜひとも、観て頂きたい一押しの映画です。