劇場公開日 2020年12月11日

  • 予告編を見る

「断捨離に中指を突きつけるタイ版『指輪物語』」ハッピー・オールド・イヤー よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0断捨離に中指を突きつけるタイ版『指輪物語』

2020年12月14日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

主人公は留学先のスウェーデンから帰国した家具デザイナーのジーン。北欧のミニマル主義の洗礼を受けたシンプルなデザインセンスが評価されて仕事も難なく見つかるがまだ自身のオフィスを持っていない。ジーンは兄と母が暮らす実家に戻りかつて父が楽器修理店を営んでいたスペースを改装することを計画、友人のピンクに見積を依頼。ネット通販を営む兄と共に実家に山と積まれた物の断捨離を始めるが、ゴミ同然と思っていたものが彼女の胸の奥に眠っていた何かを激しく揺さぶり始める。

冒頭で結末が示され、そこに至る経緯を淡々と見つめる作品。

物心ついた頃にはもうそこにあったもの、誕生日に贈ったものと贈られたもの、友達から借りたままのもの。人々の記憶とともにそこにあるものを動かすことでギリギリのバランスで保たれていた何かがあっさりと崩れ去る。物を捨てるということは心を切り取るということと同義、それでもやりますか?と断捨離に中指を突きつけ胸の奥をグリグリと抉られます。

私が幼少期に住んでいた家はジーンの実家と同じ作りで、そこにあったものには沢山の思い出が詰まっていましたが全て捨てられてしまい今は何一つ残っていません。その後家族で引っ越した公団住宅も年末に立ち退きが決まり、一人残った母は近くの団地に引っ越すことになっていますが、私にもう何の感慨も残っていないのは大事なものはとうに捨てられてしまったから。胸の奥にぽっかり空いた穴はいつまで経っても埋まらないのに、母の元に残っている母の思い出が詰まったものを全て捨てなければならない未来に怯える自分とジーンを重ね合わせていたので、最後に彼女がとる行動に胸が掻きむしられ号泣しました。

たまたま見かけた邦題に惹かれただけでしたが、自分自身の体験と記憶に驚くほど精緻にシンクロする映像に呆気に取られているうちに今正に抱えている漠然とした不安を見透かされ、心の深いところに楔を打ち込まれました。

よね