「子供達の折れない心」ヒトラーに盗られたうさぎ しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
子供達の折れない心
ナチスドイツのユダヤ人弾圧をテーマにした物語は数多くあるが、こういった形の受難もあったのだと知らされる。
1933年、ユダヤ人で反ナチス派のケンパー一家は、次の選挙でのナチスの台頭を恐れ、いち早く国外脱出を企てる。幼いアンナに持っていく事の許されたぬいぐるみはひとつだけ。後から送ってあげますよ、と、乳母の宥める言葉を信じて、残りを置いて旅立つアンナだが、やがて逃亡先のスイスで、家財は没収され、父には賞金がかけられたと知る。ドイツに帰れるあてもなく、フランスへ、イギリスへと、長引く亡命。私の友達のうさぎは、ナチスの倉庫で大事にしてもらえているかしら?
子供の欺瞞のない視線は、戦争や差別の不条理に率直な疑問を投げ掛け、忍び寄る悪意と疑念に怯える。
本格的な弾圧が始まる前にドイツを離れた家族を追う物語に、他のナチスもの程の直接的な残虐表現はないが、国内に残った叔父からの便りが、じわじわと不穏さを増し、絶望に追いやられていく、ユダヤ人達の苦難を思い巡らさせる。
ましてや私達は歴史を知っている。
国家間の関係悪化を警戒したヨーロッパ各国はあらかた、ナチスの弾圧を初め黙認し、逃亡者が増え始めると、移民問題から入国を拒んだ。キリスト教圏であるヨーロッパでは、ユダヤ教に対する嫌悪や差別も強かった。ユダヤ人達の多くは、収容所移送を免れても、行き場なく彷徨う他なかったのである。
パリはやがてドイツに陥落し、ロンドンは空襲で焼け野原となる。それらを思い起こすと、観客の私達は、ケンパー家族や街の人々の行く末を、祈るように案じざるを得ない。
しかし、本国で築いた地位や収入とのギャップに苦しみ、プライドや慣習に振り回される両親を追い越して、子供達はそのしなやかな若い心と頭脳で、苦難の中を逞しく生きていく。ようやく慣れた居場所を捨てて、一からやり直さないとならないとしても、次の国のチーズの奇妙な味に思いを馳せ、言葉もすぐに覚えるわ、と言い放つ。そして家族は、手を取り合って、終わりのない旅路を進んでいく。
今、時は正に変革の時代。変わる事に二の足を踏み、戸惑うばかりの我々大人は、その柔軟さと勇気を少しばかり分けてもらって、立ち向かう為の心の灯火としたいものだ。