「籠中のコマドリはオオカミの夢を見るか? 全く新しいアートディレクションと、どこかで見たことがある物語…。」ウルフウォーカー たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
籠中のコマドリはオオカミの夢を見るか? 全く新しいアートディレクションと、どこかで見たことがある物語…。
17世紀のアイルランドを舞台に、狩人の少女ロビンと森で暮らす”ウルフウォーカー”の少女メーヴとの友情、そして2人を待ち受ける試練が描かれたファンタジー・アニメーション。
主人公ロビンの父親、ビル・グッドフェローの日本語吹き替えを担当しているのは『20世紀少年』シリーズや『そして父になる』の井浦新。
第48回 アニー賞において、長編インディペンデント作品賞を受賞!
第46回 ロサンゼルス映画批評家協会賞において、アニメ映画賞を受賞!
第16回 オースティン映画批評家協会賞において、アニメ映画賞を受賞!
制作はアイルランドのアニメーションスタジオ「カートゥーン・サルーン」。
このスタジオのことは今作で初めて知ったのだが、なんでも制作した長編映画は軒並みアカデミー賞にノミネートされているのだとか。
創設から20数年しか経っていないにも拘らず、既に世界最高のアニメ制作会社の一つとしてその地位を確立しているカートゥーン・サルーン。こりゃ今後は要チェックだな。
ちなみにこのスタジオ、2Dアニメにこだわっていることから「ポスト・ジブリ」との呼び声も高いらしいが、これ言ってるのまさか日本だけじゃないよね?そうだとしたら恥ずかしすぎるんだけど、まさかそんなわけないよね…。
本作はカートゥーン・サルーンによる「ケルト三部作」の三作目。
『ブレンダンとケルズの秘密』(2009)、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014)、そして本作が「ケルト三部作」にあたるらしいのだが、前2作は未見。
このトリロジー、アイルランドの神話や民間伝承に着想を得て制作された映画群ということであり、各映画の間にストーリー的な繋がりはないらしいので、前作を観ていなくても多分問題はない。実際、前2作を未鑑賞の状態でも本作の鑑賞にはなんら影響はなかった。
さてさて、本作が舞台としているのは1650年のアイルランド・キルケニー。
夢を見ることで狼に変身する、というこの一風変わった人狼伝説は、もともとこのキルケニーを首都とした中世の王国・オソリーに伝わっていたものらしい。
ちなみにキルケニーはカートゥーン・サルーンの本拠地でもある。
監督もインタビューで言及していたが、1650年というのはイングランド共和国のアイルランド総督、オリバー・クロムウェルによる侵略の時代。
このクロムウェルによる侵略は残忍を極め、虐殺や飢餓により一説では当時のアイルランド人口の3分の1が殺害されたのだという。
そのため、今でもクロムウェルはアイルランドでは蛇蝎の如く嫌われているらしい。そりゃそうだわな。
クロムウェルが共和国の国家元首である護国卿に就任したのは1653年であるが、本作に登場する護国卿はまぁクロムウェルがモデルであると考えて相違ないだろう。
また、作中において執拗に駆除の対象となっている狼は、イングランドの手により虐殺の憂き目にあったアイルランド人たちのメタファーであるとも読み取ることができる。
つまり本作はケルトの民間伝承を今に伝える映画であると同時に、征服者クロムウェル殺すべし、慈悲はない、というアイルランド人の怒りと誇りを物語る映画なのである。
歴史を無視してでも憎き英国をぶっ潰す、という姿勢にはインド映画『RRR』(2022)を思い出した。いやぁやっぱりイギリスって色んな国々から恨み買ってんなあ😅
そんな制作体制も作品に込められたスピリットも純アイルランド的な本作ですが、やはり特筆すべきはそのアートディレクション!!
西洋の木版画的というか、ルネサンス以前の中世絵画的というか、とにかく平面的なパースで描き出されたロマンチックなアニメ表現、こんなの今まで見た事ない!😳
絵画がそのまま動き出したかのようなユニークで芸術的な映像には、目が釘付けになること間違いなしです✨
下書きの時のラフ線をそのまま残しているのもまた特徴的。
この線の力強さをそのまま残す手法には、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(2013)が思い起こされる。…と思ったら、監督自身がインタビューでこの作品を影響を受けた作品の一つとして挙げていた。やっぱりね。
画風以外にも、父親からの愛情に閉塞感を感じている少女ロビンのキャラクター性には『かぐや姫』からの影響を感じさせますね。
アニメーションからは非常にオリジナリティを感じるし、アート性も高い。
そう言った点はとても興味深かったのですが、その反面物語はありきたりというか、ちょっと驚きが少なかった。
文明と自然の対立の渦中にいる山犬の娘、というとやはりどうしても『もののけ姫』(1997)を思い出してしまうし、ストーリーやキャラクター設定の端々からは『美女と野獣』(1991)や『ノートルダムの鐘』(1996)などの、ルネッサンス期ディズニーアニメの影響を強く感じる。
それらの先行作品は、アート性・物語性ともに優れており、それらと比較してしまうと本作はちょっと劣るかな、というのが正直なところである。
せっかく1650年という、アイルランドにとって地獄のような時代を舞台にしたのだから、もっと毒気と狂気を孕んだ一筋縄ではいかない物語にしても良かったのではないか、とも思ったのだが、このくらいの甘さの方が大衆には受けるし、何より子供が喜ぶだろう。とどのつまり、アニメなんてのは子供に向けて作られるものなのだし、この味付けで正解なのだと思う。
個人的にはあと一歩という感じなのだが、今まで見た事のないアニメ表現には大変驚かされたし、一アニメファンとして観て良かったと思う。
本作が2Dアニメの一つの到達点である事は間違いない。手書きアニメ表現の未来はアイルランドにある…のかも?