「現代の社会問題の先にある普遍的な思想。」ノマドランド bluecinemaさんの映画レビュー(感想・評価)
現代の社会問題の先にある普遍的な思想。
Nomad. Workamperの実態をノンフィクション作品を元に映画化されている。監督はクロエ・ジャオこの作品でアジア人初のゴールデングローブ賞監督賞を受賞、アカデミー賞で作品賞、また、非白人として初めて監督賞を受賞。原作はジェシカ・ブルーダー著 ノマド: 漂流する高齢労働者たち
この映画を知るまでこのようなアメリカの現状を知る事が無かった。現代のnomadと言われる人達の中心は1950年台〜70年代にかけてのビート族、ヒッピーと同じような生活を送っている高齢者達。ある人はウーバーによってタクシー運転手の仕事がなくなり、映画の主人公はリーマンショックによる工場の閉鎖に伴いネバダ州のエンパイアがゴーストタウン化して職を失ったのをきっかけにバンに住みながら生活するハウスレス生活を送る事になり、荒野に作られたアマゾンの巨大工場で働いたり季節によって複数の日雇い労働で日銭を稼ぎがら車上生活を送ることになる。
仕事がなくなるきっかけも職に着く先も誰もが知っているグローバル企業の名前が出てくる。アメリカではウォルマートの巨大な資本力によって次々と街から商店街などの個人店がなくなり、結局、個人店で働いていた人は生活がままならない程の安い賃金でウォルマートに雇われるというのも事実として聞いた事がある。日本にはまだこのような高齢者は居ないにせよ資本主義社会の行く末として、この事実だけ切り取っても考えさせられるものがあるが、映画の魅力としてはここからで主人公のフランシス・マクドーマンド演じるファーンはただ孤独なだけではなく、人間力もあり人にも好かれるので、自分の姉やキャンプで出会った同世代のイケメンオヤジから一緒にすまないかと誘われる機会があるものの、それを拒み自ら何度も荒野に出ていく。in to the wildという映画があったが、ビート族やヒッピーから始まり20代男子なら一度は憧れる、社会の飼い犬になんてならずに快楽を求めて動物のように自然の中で生きていくという思想に60代の未亡人のおばちゃんや高齢者達が目覚めているという衝撃がまずある。もちろん実際にその生活を送ることは人を選ぶと思うがそれはおそらく年齢や性別に関係なくやってみたらもう家と限られたエリアだけで終える人生なんてつまらな過ぎるという目覚めがあるのだと思う。ただその一方で映画の画面は恐ろしいほどに美しい引き絵の広大な自然の中に小さく強く一人生きているおばちゃんを描いていて、その心情を写すBGMも切なく悲しみに満ちている。こんな孤独は耐えられないと感じざるを得ない撮り方をしているのだが、その生活を選択している本人達だけが、安心安全な生活を送っている人よりも、生きている事のダイナミズムを感じながら腹をくくって強く生きていて、どこかでそんな生き方に憧れてしまう感覚もある。正直なところ、少し間延び感を感じて少し集中が切れて時間を気にした時があったのだが、この映画に関しては必要な演出でありすぐに自己反省につながった。つまり、最近テレビを見ていても間延び感や展開が遅いと感じることがあるのだが、それはYOUTUBEやSNSがこれだけ発展する以前は無かった事だと思う。インスタントに展開や結論を求めてしまっていて、ゆったり感がなくなってしまっている事に改めて気付かされた。本来の人間らしい心地のよいリズムで生きているのか、巨大企業の産物であるインターネットやスマホによって便利になったがそれが幸せにつながっているか、という事にいみじくも気付かされた。俺も家族がいなくなり一人になった時に荒野に出ていけるのだろうか。翌日、家に帰ってしまいそうな気がする。