「収容所群島等が暴露された現在では希薄な印象」親愛なる同志たちへ 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)
収容所群島等が暴露された現在では希薄な印象
1 時代背景
ソ連は1928年から経済5か年計画を開始し驚異的な成長を遂げるのだが、1950年代後半になると停滞し始める。「フルシチョフが呼号した”社会主義的生産様式の優位”は1960年代には失われ、経済の分野で、アメリカ合衆国に追いつき、これを追い越すことは夢物語になってしま」ったことから、その後、経済に代わり軍備拡張による対外的膨張政策に転じていく(猪木正道『共産主義の系譜』)。その帰結が異常な核開発競争である。
本作は、経済的な停滞が生活の悪化をもたらしてきた1962年、現在のロシア・ウクライナ国境に近いノヴォチェルカスクで発生した工場労働者のデモに対し、軍や秘密警察KGBが弾圧を加えた事件を描いている。
2 ソ連からロシアに続く人命軽視と情報統制体質
映画では、冒頭で共産党員の規律の乱れ、計画経済の限界と生活苦、党員の特権的待遇を簡単にスケッチし、その後、工場労働者に対する軍やKGBの銃殺事件を通じてソ連共産党の人命軽視と情報統制の体質を批判している。
それがそのまま現代ロシアへの批判に見えてしまうのは、いまだに人命軽視と情報統制の独裁国家であるロシアの実体が、ウクライナ侵略戦争を通じて明らかになったからだろう。もちろん監督はそれを狙っているはずだ。
3 収容所群島等が暴露された現在では希薄な印象
本作はソ連共産党の地方党員を主人公とし、単に弾圧の被害ばかりでなく、その根本的な原因である共産党独裁と党官僚の腐敗を効果的に描いている。
とはいえ世界はすでにホロドモールや第二次大戦中のドイツ兵、日本兵のシベリア虜囚を、収容所群島の悲惨やプラハの春の弾圧を見てしまった。1962年には本作の事件の半年後にソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』が発表され、統制国家ソ連の実態はやがて次々に暴露されていくのである。
その視点からは、本作の描いた事件ははっきり言って取るに足りないという印象を免れない。映画の感想が希薄なものにならざるを得ない所以である。