ニューオーダー : 映画評論・批評
2022年5月24日更新
2022年6月4日よりシアター・イメージフォーラムほかにてロードショー
メキシコ国旗の理想、赤と緑が引き裂かれた先に浮かびあがる“警告”
“死者だけが戦争の終わりを見た”
冒頭に登場する一枚の絵画が伝える真実はとてつもなく重たい。バンデミック、大規模なデモ、軍事作戦の名を借りた侵略戦争など、今、世界は目を覆いたくなるような現実に直面している。法と秩序が破られ、常識が通用しなくなっていることに背筋が凍る。
アルフォンソ・キュアロンは、自らの少年期を映画化した「ROMA ローマ」(2018)で “コーパス・クリスティの虐殺”(血の木曜日事件)を描いた。
労力に見合わない報酬、働きたくても碌な仕事が見つからず、偏見や出生による差別が蔓延する格差社会で、弱者に対する支配層からの理不尽な要求が続く。出口のないトンネルにいるような閉塞感に苛まれ、日々蓄積した鬱憤を撥ね返そうとする。人々の憤りが極限に達して爆発し、凄まじいエネルギーが街路を覆い尽くす。キュアロンは、家具店の窓をスクリーンに見立て、日常が雲散霧消する蜂起の瞬間を圧巻の映像でとらえた。
豊かさってなんだ。人間の誇りは何処に行った。協調や寛容、許容し共存する精神は何処にある。明日を生き延びるためのお金も、今夜をよく眠るための食事も、子どもたちの将来に対する希望もない。
圧政やドラッグカルテルによる支配、暴力的な力で人々をねじ伏せる理不尽な社会、メキシコ映画は路上から時代を照射する作品を作り続けてきた。今回登場した作品「ニュー・オーダー」は、まさに人々の心の声に呼応した作品である。
冒頭、入院患者がベッドから追い出され、次々と負傷者が運び込まれる。病床が逼迫した院内では初老の男が高額の医療費を迫られている。場面は一転、高級車が並ぶ広大な邸宅で結婚式が間近に迫る。この家に妻の手術費を工面するために男がやって来る。新婦マリーの母は幾ばくかを手渡すが全然足りない。何とかせねばならない。マリーは男を追ってスラム街へと車を走らせる。その時、豪邸の外壁には暴徒化した民衆が迫っていた。
ミシェル・フランコ監督は「この映画は地獄のようなメキシコを描いているが、現実とそう変わらない。腐敗した政府は、声を上げる市民たちをいつも暴力でねじ伏せてきた」と語る。独立を象徴する緑、信仰の白、そして民族統一を願う赤。メキシコ国旗の理想を引き裂くかのように赤と緑を巧みに織り交ぜ、8人の主人公と総勢3,000人ものエキストラを起用、暴動と略奪が生み出す混沌を現出させる。
誰にも表と裏の顔が見え隠れし、主従関係や社会的な立場は瞬く間に変わる。極限下で一瞬先にどんな運命が待つのか。そして、社会が求める“新たな秩序”を見つけるために何が必要なのか。それは誰にも分からない。ただひとつ言えるのは、命と引換に戦争を終わらせてはならないということだ。
緊迫の86分間、この“警告”から決して目を逸らしてはならない。
(髙橋直樹)