「簡単なようで難しい「私」という存在」私をくいとめて R41さんの映画レビュー(感想・評価)
簡単なようで難しい「私」という存在
芥川賞の小説を実写化すると何とも奇妙で難解な作品になったのだろう。
原作未読
物語の内容そのものに難しさは感じないが、主人公みつこの心に隠されたものに難しさを感じる。
男女の違いがそうさせるのか?
タイトルは、みつこが頭の中のおしゃべりでパンクしそうになった際に言うセリフ
これ以上しゃべればどうにもならなくなってしまう。
そしてみつこの最後のセリフ「よろしく頼みます」は、このタイトルのようにならないようにAではなく、「多田」に依頼したセリフ。
Aは「私自身」 真我というよりも「本心的存在」
Aはみつこに諭すように言う。
「あなたは、あなたであることから逃れられません」
普遍的言葉
さて、
一見ごく普通の女性みつこ
雪の所為で帰れなくなり、多田とホテルに宿泊することになるが、二人でいる空気感に堪えられなくなる。
「一人でいたほうが楽」「私ここから逃げたい」「とにかく逃げたい」「逃げたいよー!」
一生懸命なだめるAに対し「役立たず」
Aは幻を見せる。
Aの声は明らかに中村倫也さんだが、Aとして登場したのは前野朋哉さん。これは原作のイメージに合わせたのだろうが些細な変化球に少々混乱した。
それでもなぜ、みつこ本人であるはずのAが、小太りの男性だったのだろうか? スピリチュアル要素なのか?
彼を初めて見たみつこは「いい感じ」と喜ぶ。それがなぜ「私」と認識できるのだろう?
確かにいつものAの声は男性。でもわからない。もしかしたら、それが彼女の考える「等身大の自分」という意味なのだろうか?
さて、
みつこは過去の出来事に大きなトラウマを抱えている。
「細いね」と言いながらいきなり手首をつかんできた上司。
表面上には些細なことだが、それが彼女の恐怖となり怒りとなっている。
心の奥底にある男性恐怖症というものになったのだろうか?
みつこが飛行機が苦手なのは、「何もかもが胡散臭い」から。
みつこが心の底で何もかもが胡散臭く感じているのが「男性」 おそらく特定の男性
温泉旅館で見た漫才
立場を利用し無礼にも、女性一人の漫才師に寄ってたかって肩を抱いたり抱き付いたりする男性客。
客席の中で妄想し爆発した怒り
「やめなさいよ!」
みつこにとって許せないこ行為 許せない過去 記憶を消したはずだったがあの男性客の行為に否応なく思い出した過去。
あの上司に対する怒りの次は、その他の人の悪口へと連鎖する。
それはやがて回りまわって自分の悪口へと変わる。
つまり、結局、想ったことを行動に移せない自分に腹が立つ…
これがみつこが抱える心の闇
みつこは会社では同僚ののぞみと一緒に特徴ある社員を妄想することを楽しんでいる。
では、のぞみとはいったい何者だろうか?
少し変わっているが、みつこと相性がいい。このことはみつこにとっていい環境になっている。彼女の素直な表現にみつこ自身が癒される。
みつこはそもそも会社に営業に来る多田のことが好きだ。
しかしAのアドバイスに従って行動しようとはしない。それは過去にAのアドバイスで失敗したからだろうか?
またはそれほどトラウマが大きく、ある種の男性が苦手というのもあり、それを切り離すことができず、行動できないのだろう。
「ある種」を見極めるのはとても難しい。
だから、おひとり様を楽しむのが彼女にとっての平穏な生活なのだろう。
Aとは本心 それと会話できることがこの物語
おひとり様を楽しむと同時に感じるいつまで経っても自分を変えられないこと。
サツキの住むローマを訪れ、あの想い出のクジラの公園から一歩も出られないことを打ち明ける。しかしサツキも、変化に付いて行けず、ローマに来たのを後悔してこの家から一歩も出れずにいた。
お互い涙で心境を告白した。
「それでももうすぐお母さんになる」のは、動いていないように感じるだけで実際には動いているということだろう。
それでも、
帰国した時すぐに多田にメッセージを送信しようと思ったものの、余計な妄想によって送信できない。
ネガティブな思いが増幅される。他人のネガティブな声まで拾ってしまう。
それでもAのアドバイス通り、メッセージを送信した。
やがて彼との交際が始まる。
ホテルの製氷機前でのAとの会話は、引き裂かれるほど限界だったから。
「悲しいね 寂しいのって、悲しいね」
部屋に戻ってきたみつこは、多田にそう言う。
多田がみつこのアパートに来て食事して帰ったとき、
「この部屋こんなに広かったっけ?」と独り言を言う。
みつこはいつもAのおかげでそのことを意識していなかったが、心の底にあったのは「寂しさ」だった。
それを紛らわせるためにAと会話し、おひとり様チャレンジを生きがいにしてきた。
ようやくみつこは寂しかった自分を認識したのだ。
多田との沖縄旅行直前に見つからないカギ。
あの不協和音 おそらくこの不協和音はみつこにだけ聞こえる彼女自身の恐れの音
Aに呼び掛けても何も答えない
やがて棚から滑り落ちてきたカギ
みつこはAに呼び掛け続けるが、返事はない。
「今度は、大丈夫だよね?」
家を出る前にも尋ねるが答えないAに涙が流れる。
これは、親離れということなのだろうか?
だから飛行機内でパニックになりそうになったとき、みつこはAではなく多田に声を掛けたのだろう。
エンディングロールには、二人で大瀧詠一さんの曲を歌ってリラックスしている二人の声が聞こえている。
みつこは大きな人生の波を一つ乗り越えたのだろう。
見終えたときにはそんなところまで感じ取れてはいないのだが、こうして書きながらそんなことが頭に浮かんできた。
他人からは些細に見えることも、本人にとっては重圧だったりどうしても無理だったりする。苦手に無理やり立ち向かう必要はないと思うが、みつこの場合、手に入れたいものと苦手とが同居の関係にあった。だからAが常に彼女にアドバイスしていたのだろう。
このみつこのケースの場合、苦手とは克服できないものではないということなのだろう。
相変わらず私の勝手な妄想を繰り広げたが、
良い作品だった。