「のんしかあり得ない!」私をくいとめて なにわさんの映画レビュー(感想・評価)
のんしかあり得ない!
とても良かった。人と関わることで、救われることもあれば辛い目に遭うこともある。それでも、隣にいる「その人」の存在が必要な時もある。「(私を)よろしくお願いします」と言える人が。
ただ、おひとり様の人生だって良いではないかとも思う。だから、出てくるキャラがみんな誰かと一緒になっていたのは少し引っかかった。澤田さんも結婚してたし。
多田くんは優しいがマイペースな男だ。LINEの返事が微妙にズレてるし、聞いてることに答えない感じ。運転中に悪態をついていたのも気になる。みつ子が下着を干していたことに気づいて、バイクの駐車位置を変えに行ったのは優しいと思うが。しかし、のぞみさんが最初に言っていたように、誰かと一緒にいるためには、そのために頑張らなくてはいけないのだ。人間はもともと1人なのだから。
みつ子が皐月に「おめでとう」と言い、皐月が「ありがとう」と返すシーン。2人が互いのそれまでの気まずさを確認し、和解した瞬間だ。みつ子の妊娠を知らされていなかった小さなショックと、皐月の事前に言えていなかった小さな罪悪感。そういう「小さなトゲ」は徐々に大きくなり、互いの仲に割って入る。そのトゲが綺麗に溶けた瞬間だ。
キャラクターがストレスを抱えた時、動けなくなるシーンが多い。じっと耐えているのだ。耐えながら、誰かに助けを求めている。みつ子は、皐月も耐えているのだと分かったからこそ、和解できたのだ。
吉住さんが無礼な男たちに最低の絡み方をされているシーン。みつ子は自分が耐える経験をしていたからこそ、吉住さんの我慢を察知できたし、助けられずに苦しんだ。2人の苦しみが痛いほどに伝わってくる。
のんの、自由気ままで「不思議ちゃん」な明るさが、みつ子という役にピッタリだし、対人関係に悩み、苦しむ姿もすごく良かった。「不思議ちゃん」は繊細で人より悩みやすく、内側に抱えやすい人だ。もちろん、のん本人がどういう人か私は知らないが、等身大の彼女を観た、という感じがした。
Aという自分は誰にでも存在し得る。悲しい時、悩んだ時に自分を励まし、助言をくれる自分だ。特に孤独な人間には、そういう自分が必要である。ただ、中村倫也の包容力のある声はAに合っている気もするし、合っていない気もする。自分を肯定してくれる都合の良い声に聞こえてしまうからだ。自分にとってのAは、もう少し厳しくあるべきものだ。自分を肯定するもう1人の自分の声は必要な時もあるが、中村倫也の声は優し過ぎる。だから、他者に踏み出すためには、そして隣にいてくれる他者がいれば、Aは存在しなくてもいい。 Aのイメージを中村倫也本人ではなく、中肉中背のおじさんにしたのは、そこら辺に自覚的だったのかな。あれがイケメンだったら、これからもみつ子はAに甘えて、Aという存在から卒業できず、「よろしくお願いします」と生身の人間に言えなかっただろう。「言葉を形にする」ということは、他者に自分の言葉を投げてみる、ぶつけてみる、ということなのかな。