「女性映画としてだけに留めるな」私をくいとめて シューテツさんの映画レビュー(感想・評価)
女性映画としてだけに留めるな
「勝手にふるえてろ」の大九明子が監督・脚本、原作は綿矢りさということで大まかな作風は予想でき、予想通り“今時女子の解体新書”という感じの作品でしたので、私のような初老のオヤジの感想なんて野暮だし正直不要の様な気がするのですが、そういう人間が観ても中々面白い作品でした。
まあ、私の鑑賞理由の第一は“女優のん”を観たかったということなので、作品の感想よりもそちらを集中して書きたいのですが、長くなりそうなので今回それは省きます。
で、上記に“今時女子の解体新書”と書きましたが、本作の“快適なおひとり様生活からの脱皮”というテーマは、現代女性に限らず老若男女問わずの問題であるように思えるし、特に私個人としては(今は老母との同居生活だが)長らくおひとり様生活であり、母親が居なくなるとまたそれに戻ってしまうので、方向性を変えれば自分の問題としても鑑賞出来ました。だから片桐はいりの役が(私は社会的に出来る人間ではなかったが)自分に一番近い心情の様な気がして、主人公よりもそちらの方のその後が気になってしまいましたよ。
なので、基本女性映画ではあるのたけど、観方によっては男女問わずどんな層にも共感性のあるテーマだと思います。
また、惰性だけの結婚生活に迷う観客からすると“停滞した共同生活からの脱皮”という妄想のキッカケになるのかも知れませんしね(笑)
観る人の環境や状況によって捉え方が変わる作品でしたが、今時女子というワードは今の社会では限りなく意味がなく、性別関係なく現在社会を生きる人間全てに通じるテーマのように感じました。
追記.
この感想を書き終わってから何かしきりに以前も同じことを書いた様な感覚があったので調べてみると『82年生まれ、キム・ジヨン』の感想と殆ど同じ様な内容の事を言ってました(苦笑)
ということで、世間的に“女性映画”と言わているものをそのまま鵜呑みにして見逃してはいけないとことがよく分かりました。原作者や監督が女性であっても、テーマの根底にあるものは決して女性だけの問題ではないという事かよく分かった事例の2作品でした。