「よっぽどこちらのほうが、“コンフィデンスマンJP”」スパイの妻 劇場版 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
よっぽどこちらのほうが、“コンフィデンスマンJP”
「スパイの妻」。
黒沢清監督、蒼井優・高橋一生共演で、今年の第77回ヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した作品(北野武監督以来17年ぶり)。
作品の企画主旨は、映画ではなく、NHKによって8Kスーパーハイビジョン(超高解像度のテレビ規格)撮影によるテレビ映画(ドラマ)として作られ、BS8K放送されたもの。とはいえ、制作段階から劇場版公開を想定しているからできる工夫がなされている。実際には劇場版と放送版では収録フォーマット上のエクスキューズがあるように見受けられる。
NHKのコンテンツなら再放送を期待したいところだが、興行上の配慮(劇場が儲からない)により、当面行われない。ある意味で受信者への不利益であるが、これについては後述したい。
劇場版の画角は、公式に「1.85:1」と表記されているのでアメリカビスタということになる。ハイビジョン放送の画角は「16:9」(1.78:1)なので、元々映画版の画角で撮影して、放送用に左右をカットしたと考えるのが自然だ。ごくごく些細なことだが、テレビ放送では見えなかった部分が劇場版にはある。
作品のトーンは黒沢清監督らしいのたが、展開は昔の映画にありそうな懐かしい、古典的なタッチのサスペンス映画だ。何も考えずにエンターテインメントとして楽しめる。むしろ今だからこそ新鮮にさえ感じる。
蒼井優と高橋一生が夫婦役、しかも夫が秘密を抱えているというのは、2人が共演した前作「ロマンスドール」(2020)と偶然にも似ている。互いの愛情ゆえに秘密を隠し続けるというのは同じだが、夫が“ラブドールの職人だった!”という突飛な設定と今回は趣きがまったく違う。
太平洋戦争前夜の1940年、神戸で貿易会社を経営する優作(高橋一生)は、出張先の満州で陸軍の計画する人道的に許されない事実を知り、自らの正義感からそれを世界に暴露しようと計画する。
夫をひたむきに愛する妻・聡子(蒼井優)は、最初はまったく事実を知らないが、夫の不自然な行動や、満州から連れ帰ったとされる謎の女への嫉妬などから、幸福の裏でうごめく秘密に気づき始める。
やがて自分の知らぬ夫の真実の思いを知ることになる聡子は、優作への一途な愛から、彼女自身を大胆な行動へと突き動かしていく。
よっぽどこちらのほうが、真に迫った“コンフィデンスマンJP”である。憲兵役で東出昌大が絡んでいるし、じつは優作(高橋一生)を偽装で米国に逃亡させ、聡子(蒼井優)を精神病扱いで助けたと考えてみると、面白おかしくなる(最後にダー子の高笑い……なんてね)。
さて、黒沢清監督は8Kカメラの実力を試しているのではないかと思えるシーンがある。
序盤、優作の貿易会社に憲兵の東出昌大が訪ねてくるシーン。窓からの逆光がダイナミックに部屋に入射してくる。バランス的には飽和してしまっている気もするが、どこまで室内が解像できるか、8KカメラのHDR(High Dynamic Range=ハイ・ダイナミック・レンジ)のコントラストを試すような撮り方である。
同じく、聡子が取り調べを受けたあとの夕日の逆光はまぶしく、ふつうの映画では何気なく挿入したりしない。
とにかく本作は「光と影のコントラスト」をふんだんに使っている。このあとも会社の室内や、優作と聡子の邸宅の室内撮影は、かぎりなく自然光で行われている。補助光を使っていないため、インテリアや小道具の影が自然に伸びていて、どこまで陰影が表現できるか、8Kカメラの実力を見られる。むしろ補助光を使う普通の映画では影がなかったりする。
エンディングの炎に包まれた廃墟も、最も明るい炎と、闇のなかの廃墟をどれだけ同時に収められるかの実験的なシーンである。
たびたび出てくる路面電車(乗合バス?)内でのシーンは、外が見えないぼど窓からの光で潰している。単に風景CGの予算カットかもしれないが特徴的だ。
違和感を感じたのは、コマ落ち。おそらく8Kカメラが60fps(毎秒フレーム)なので、これを上映できる映画館が限られてしまう。30fpsでもいいのだが、それならとフレームレート24p(標準的な映画のコマ数)に変換をしているように思える。フレーム(コマ)を間引いているので、横方向のパンニング動作に近い、自動車などの動きがカクカクと不自然に見える瞬間がある。
ノーラン監督のIMAXフィルム撮影は別格だが、それでもまだまだ8K撮影は予算がかかる。旧作名画の8Kリマスターでさえ、8K放送開始(2018年)以来の2年弱で、「2001年宇宙の旅」と「マイ・フェア・レディ」だけだ(もちろん理由には家庭で見られる視聴者が少ないというのもある)。
NHKが潤沢な制作費を投入して、次世代の映像技術開発に挑戦してくれるのは、日本にとって重要なことである。
黒沢清監督、蒼井優主演というブッキングからして、8K技術によって、放送コンテンツと映画の垣根を超えようと目論む意思が見られる。文化と興行、技術革新を俯瞰できない監督が作ると、単なる“8K画質の評価映像”でツマらない作品になっていた。その点で黒沢清監督の仕事は素晴らしい。
ただし。NHK作品の制作費は視聴者(=マジメな国民)が受信料として支払済みなので、NHKエンタープライズの商売には苦言を呈したい。
他の映画と同じ鑑賞料で儲けるのはやめるべきだ。例えば“auスマートパス割引”や“docomoのドコチュー”のように、NHKも“受信料納付者アプリ”でNHK作品の鑑賞割引をすべきだと思う。
もしくは即刻、再放送をするべきだ。なぜなら、それこそが8K放送受信機の普及につながるから。
(2020/10/17/新宿ピカデリー Screen6/ビスタ)
黒沢監督がNHKでドラマを作るというニュースを見てから注目して、大金を徴収して8Kでは観れる人は極僅か❗️映画館でやっとお目にかかれました。丁寧な解説有難う御座います。通常より高い製作費、回収出来る?でも映画は黒沢監督にしてはホラー度が少なく見応えがあり、私的には今年の邦画ナンバーワン。でも日本の各賞ではテレビ放映済でもありノミネートされないんでしょうね!