「【”狂っていない事が狂っている、この国では・・”コスモポリタンの妻が大戦に邁進する日本の時流に翻弄されつつも、夫への想いを貫き、自我、矜持を保つ姿に感銘を受ける。蒼井優さん、”お見事です・・”】」スパイの妻 劇場版 NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【”狂っていない事が狂っている、この国では・・”コスモポリタンの妻が大戦に邁進する日本の時流に翻弄されつつも、夫への想いを貫き、自我、矜持を保つ姿に感銘を受ける。蒼井優さん、”お見事です・・”】
-1940年神戸。福原聡子(蒼井優)は貿易会社を営む自称"コスモポリタン"の優作(高橋一生)と裕福で幸せな生活を送っていた。だが、優作が部下の文雄と共に中国、満州に出掛けて”ある出来事”を現地で見てしまい、その事実の記録を秘密裏に中国から持ち帰ったところから二人の周囲には暗雲が徐々に立ち込める。-
■印象的なシーン
1.序盤、未だ平和だった優作が営む福原物産の忘年会で流された”聡子がスパイ役として金庫から何かを盗み出す瞬間、手首を掴まれ逃げる途中射殺される”余興の短編。
ーこの白黒のショートフィルムの意味合いが後半効いてくる。又、聡子を演じた蒼井優が仮面の白いマスクを取られた時に映し出される”美しく、鋭き目。”-
2.勇作と部下の文雄が、満州で見たある事実。そして聡子に知らせず、満州からある女性を連れ帰った理由。
ー劇中で固有名詞は出て来ないが、誰が観ても、旧帝国陸軍731部隊が満州で行った事である。だが、黒沢監督はこの事実の糾弾に重きを置いているわけではなく、包括的に当時の大東亜圏構想に邁進していく大日本帝國を批判的視点で描いている。-
3.聡子が14歳の時からの知り合いの神戸憲兵の分隊長、津森(東出昌大:純な青年が帝國思想に侵されていく姿を抑制した演技で魅せる。良い。)が序盤は恋心を抱いていた聡子に対する丁寧で愛おしむような態度から、聡子がスパイ容疑をかけられた際の、旧日本帝國憲兵として、変容して行く姿。
ー恋心を抱いていた女性を売国奴と罵り、平手打ちする姿。-
4.聡子が優作のコスモポリタンとしての考えに共鳴し、二人が”誤解”を乗り越え、アメリカに密航しようとするシーン。
ーあの”通報”の主は・・。小舟の上から笑顔で手を振る優作の姿。-
5.聡子が”国家反逆罪”など複数の罪で神戸憲兵分隊に連行されるシーン。津森は彼女が持っていたフィルムを幹部の前で流す。そして、スクリーンに映し出された映像。
ー驚愕する聡子。そして、”お見事です・・”と言って気を失うシーン。優作の自身の信念を貫こうとするが故の行為なのか、聡子の身を案じての計略なのか・・。その両方なのか・・。その解釈は観客に委ねられていると私は思った・・-
6.1945年、日本の敗色濃厚な中、聡子が精神病院のベッドでぼんやり座っているシーンと、その後の病院が爆撃されるシーン。
ーこのシーンで、聡子が信頼している大学教授(笹野高史)に話す言葉。そして、爆撃後、中庭に出て叫ぶ言葉。-
<黒沢清監督の作品の画には、仄かに暗いトーンが多用される。
今作では、1940年代の日本の町の意匠の素晴らしさと、徐々に戦争の災禍に陥っていくトーンの陰影の付け方が印象的である。
だが、何と言っても、聡子を演じた蒼井優さんの夫への信頼、疑念の狭間を行き来する心持を圧倒的な演技で魅せる姿に魅了された作品である。>
■追記
2020年10月17日 NHKで放映された”世界のクロサワ「スパイの妻を語る」”の中で、黒沢清監督が、”映画館で見る映画の魅力”について語った言葉は、実に的を得た言葉であった・・。
嬉しかった・・。
コメントありがとうございます。
NOBUさんのレビューを読ませて頂いて、実に巧緻に脚本が
寝られていると今更ながら思い至りました。
〉黒沢清作品にしては、分かりやすい・・・
〉観客に、結末を委ねている(多少、ニュアンスとか意味が違うかもしれません・・・)
〉731部隊の糾弾に重きを置いている訳ではない。
やはり、NOBUさんのレビューから紐解かれる部分は大きいです。
私など、細菌部隊の行為に驚き過ぎて、その事に捉えられ過ぎてしまいました。
むしろ夫婦愛に重きを置く映画なのかもしれません。
そして劇中劇の仕掛けに、してやられたー、と思いました。
あまりにも艶やかで美しく気品のある蒼井優。
たしかにラストは観客に委ねられていますね。
またしてもNOBUさんに、目を開かされました。
深く映画を観る事。
やはり私には分かり易い映画では無かったです。
ありがとうございました。
おはようございます!
いやはや黒沢清にやられちゃいました。
ホラーのときから個人的には評価できなかったのに、必ず見たくなる作品群でもありました。8割がた見てます。
NOBUさんのおっしゃる通り、黒沢作品にしては見やすかったです。固定カメラや動きの少ないところも当時の雰囲気を出していたと思うし、その分心情表現が上手いな!と。
carrera様
頂いたコメントバックです。
レビューを挙げられていないので、当方のレビュー欄にコメントを記します。
今作は黒沢清監督作品の中でも、分かりやすい部類に入るかと思いますが、ご指摘のシーンは仰るように解釈が分かれますね。
優作が自分の主義を通すために、聡子をある意味犠牲にして・・とも受け取れるシーンでした。
私が”誤解”と表現したのは、(ちょっとずるいですが)聡子が夫の行動に疑念を抱いていたことへの誤解が解けた・・と言う意味で“誤解”と表現しました。
その後を読んでいただくとご理解いただけるかと思いますが、私は優作は聡子の身を案じつつも、自分の主義を貫いたと解釈しました。
で、黒沢清監督の、”観客に考えてもらう楽しみを与えたい”といういつもの考えを考慮して、あのような表現にしました。
黒沢監督が語っているように、客電が灯った後に、色々と作品の解釈を観客の方々は話して欲しいという思いを私は”是”としているので・・。
では、又。
男女二人で見に行きましたが、優作さんの小舟のシーンで真逆の感想でした。
女性は身を案じてと感じ、私は確実に亡命するために、スケープゴートにしたのかなと。
終わったあとに話して、どちらの気持ちがあったのかなと話しました。