「他人の空似」おもかげ きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
他人の空似
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他人の空似にハッとしたことはないだろうか?
とくに関わりが深かった人、
いなくなったあとも、その人のことを強く、きつく、想い続けていた人を。
あの晩、深夜のスーパーのレジの女性に、僕の心臓は止まりそうだったのだ、
死んだ従兄妹がそこにいたから。
18か月間、僕が一切の治療費を送り続け、メールを1千通交わし、食材の詰め合わせを毎週ゆうパックで届け、ホスピスで見送った従兄妹だ。
(実際は生前は一度も見舞いも行けず、死に目にも会えていない。金策で限界で、こちらにも時間も金もなかったから。金が切れれば治療は終わる。必死だった)。
あの子は死んだ年よりずっと若くなっていたね。
僕は頭がおかしくなっていたのだと思う。
1年近く経て
「どれ、チーズでも買うかな」と、チーズの棚に右手を伸ばした瞬間、フラッシュバックで、売り場の通路に膝から崩れ落ちたこともある。
僕は頭がおかしくなっていたのだと思う。
そのあとで、冒頭のレジの子を見たのだ。
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映画は、
携帯の電池切れの最後の声を残して消えた 6才の男の子と、その母親の物語。
原題は「MADRE」(母)。
正常ではいられない、息子を失ったエレナの話。
息子を探し、息子を待ち続けて、その砂浜に住みついた母親なのだ。
少年ジャンにおもかげを見いだして、微笑んだり、怒ったり、後をつけたり。
錯覚して頭がおかしくなっている様子が、見ていてつらい。
噂や中傷はエレナの心を更に傷つけているが、トラウマに乱れる彼女のことをそれでもなんとか耐えて支えようとする恋人のヨセパも、
意を決してついに会いに来た元夫のラモンも本当にえらい。
大きな砂浜がスクリーンに見事に写る。
それはそれは素晴らしい景色で言うことなし。
大海原は美しいけれど、とどろくあの海鳴りが、不安と絶望を掻き立てる胸騒ぎの音だ。
最後、
登場人物の誰しもが、そして観ている観客もずっと心中では思っている言葉、
けれど言わずにいた そのひと言を、
ジャンは言った
「息子を思い出すから?」。
ジャンからついに“禁句”を問われて、エレナはやっと10年経ったことを知ったかもしれない。
避暑地。ひと夏の、美少年ジャンとの出会いと、
パリに帰るジャンを見送ることが出来た、
エレナの10年目だった。
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失踪や死別で子を失うという筋書きの映画は多い。
「街を歩きながら突然大声で叫びたくなる」と仰っていた
横田早紀江さんのことも思わずにはいられなかった。
気がふれて当然だ。
失踪者の家族のために、ずっと忘れずに寄り添って、拒絶されても声を掛け続ける周りの人たちの存在も、思った。