ジュゼップ 戦場の画家 : 特集
ペンを握りしめて激動の時代を生き抜いた画家の驚くべき人生をアニメ化
話題の映画を月会費なしで自宅でいち早く鑑賞できるVODサービス「シネマ映画.com」。本日11月12日から「ジュゼップ 戦場の画家」の先行独占配信がスタートしました。
1910年にバルセロナで生まれ、95年にニューヨークで没した実在の画家ジュゼップ・バルトリの人生を描いた長編アニメーションです。1939年2月、大勢のスペイン共和党員がフランコの独裁から逃れてフランスにやってきますが、フランス政府は政治難民となった彼らを収容所に押し込め、冷遇します。そんな中、収容所を監視するフランスの憲兵と、難民の中のひとりの絵描きジュゼップの間に、有刺鉄線を超えて友情が芽生えるのです。
フランスの風刺画家オーレルの初監督作品で、第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション作品に選出され、セザール賞の長編アニメーション賞を受賞するなど世界中で絶賛されています。日本では「東京アニメアワードフェスティバル2021」のコンペティション部門で長編グランプリを受賞しました。ペンを握りしめて激動の時代を生き抜いたジュゼップの驚くべき人生をアニメ化した映像は必見です。
「ジュゼップ 戦場の画家」(2020年/オーレル監督/74分/G/フランス・スペイン・ベルギー合作)
今回は、映画.comとアニメハックの編集部スタッフ3人のレビューを紹介。それぞれの視点で作品の感想を語ります。
■片渕須直監督「この世界の片隅に」との共通点
アニメハック編集部スタッフ、五所光太郎のレビュー
普段見るのは国内アニメが主で、熱心に見ている海外アニメはピクサー作品ぐらいなのですが、「ジュゼップ 戦場の画家」のタイトルは知っていて気になっていました。このレビューを書くためにオンライン鑑賞してまず思ったのは、本作の公式サイトにコメントを寄せている片渕須直監督が手がけた劇場アニメ「この世界の片隅に」との共通点です。
広島・呉で暮らす絵を描くのが好きな女性・すずの目を通して、第2次世界大戦下の市井の人々の生活を描いた「この世界の片隅に」と、スペイン・バルセロナ出身の実在の画家がフランスの強制収容所で苦境を強いられる姿を描いた「ジュゼップ 戦場の画家」。両作とも「絵を描くこと」で戦時下の厳しい現実と向き合った人物にスポットが当てられ、作中ではすずやジュゼップが描いた絵が登場してアニメーションと見事に融合します。どちらの作品もアニメーションならではの手法で戦時下を生きた人間が活写されていて、「ジュゼップ 戦場の画家」ではジュゼップの人生の流れにあわせて絵柄自体も変化していきます。
「ジュゼップ 戦場の画家」のオーレル監督は、戦争の事実を語り継ぎ、歴史を継承していく大切さを描きたかったとインタビューで語っています。この動機も「この世界の片隅に」の原作者・こうの史代氏の執筆理由と通じるものがあり、その思いは劇場アニメを手がけた片渕監督にも受け継がれているはずです。私自身、「ジュゼップ 戦場の画家」を見て初めてスペイン内戦やフランス強制収容所であった虐待のことを知ることができました。
デッサンがテーマでもあるとオーレル監督が語る「ジュゼップ 戦場の画家」は、イラストをそのまま動かしたようなアニメーションが大きな魅力です。クロッキーのようなラフなタッチや豊かな色彩表現で、強制収容所の体験が実感をともなった絵として描かれ、ときに戦時下ではどこでも起こりうるショッキングな出来事も真正面から映されています。過酷な現実のなかでもユーモアを忘れない人間のたくましさも描かれていて、鑑賞後の印象は重苦しいものだけではありませんでした。
映画の終盤に登場する「現実には描線も輪郭線もない」というセリフが個人的にもっとも心に残り、この映画を象徴しているように感じました。「描線も輪郭線もない」現実を絵として残したジュゼップの作品からインスパイアされ、アニメーションで彼の半生を描いた本作は、絵=アニメーションで物語を紡ぐ力強さが感じられる作品です。
■美しいアニメーションで学ぶスペイン内戦の悲劇、知られざる仏収容所の歴史と不屈の芸術家の魂映画.com編集部スタッフ、今田カミーユのレビュー
実在したスペイン人画家の物語を、フランスの全国紙「ル・モンド」などに連載を持つ漫画家がアニメーション映画化した初監督作。セザール賞やリュミエール賞など数々のヨーロッパの映画賞を受賞したが、スペイン内戦時に設けられたフランスの難民収容所の実態、ジュゼップ・バルトリという画家の半生という、我々日本人にはなじみの薄いテーマが描かれる。
登場人物はフランス語、スペイン語を話す。もちろん字幕で分けて表記されるが、それぞれの言語を学んだ者でなければ、耳でその違いを理解するのは難しいだろう。しかし、登場人物の表情、ロケーションなど様々なタッチを使い分けたアニメーションという表現により、時代も文化も歴史も異なる場所に生きる我々は、言葉が分からない分、より深く物語に引き込まれるのだ。
絵を描くのが好きなフランスの少年バランタンが、死の淵にある祖父セルジュの昔話を聞く、という構成。スペイン内戦時、収容所の憲兵だったセルジュは、収容所で画家ジュゼップと出会い親交を結ぶ。良心の呵責に苦しみながら、日々の職務を遂行するセルジュだったが、あるタイミングで自分を犠牲にして友を助ける。そして、その友愛の魂は孫の代に受け継がれていく……。収容所は主に無彩色を用いて凄惨な日々を表現、ジュゼップの亡命先のメキシコは、目も覚めるような鮮やかな色彩で描かれ、フリーダ・カーロが絵画の極意をジュゼップに説くという場面も。また、劇中では、ジュゼップ・バルトリ本人による作品も挿入される。
風刺画家としても活躍するフランス人漫画家が、過去に自国が隣国の難民に対し非人道的な扱いをし、更にはセネガルといった旧植民地の人々に過酷な労働を課していた、という負の歴史を見つめる。そして、過酷な状況下でもスケッチを続け、晩年に盲目となっても不屈の魂で描き続けた画家を讃え、映画というフォーマットで伝える野心作だ。わずか1次時間強であるが、本作の鑑賞から、他国の歴史、戦争の愚かさ、人間同士の温かさ、そして素描からアニメーションという絵画の変遷と芸術の豊かさを受容し、学び、思考を深められる良い機会となった。
■今こそ伝えるべき尊いメッセージが込められている作品映画.com編集部スタッフ、和田隆のレビュー
描くことが、生きる希望―。映画を見終わった後、このことに心がさらに揺さぶられることでしょう。日本人にはあまり知られていませんでしたが、ジュゼップ・バルトリという画家がいたこと、そしてその波乱万丈の人生をアニメ映画で知ることができて、ジュゼップの作品にとても興味が湧きました。
第二次世界大戦前夜、スペイン内戦の戦火を逃れるも、避難先の隣国フランスの強制収容所に閉じ込められてしまい、さらにそこで想像を絶する過酷な難民生活を強いられるジュゼップ。この激動の時代、戦争や人間の残酷さから目を背けたくなりますが、そんな劣悪な苦しい環境の中でも、収容所の建物の壁や地面に黙々と絵を描き続けます。
その絵のタッチはスケッチ風で、描線からはどこかやさしさのようなものが伝わってきますが、描かれている情景は収容所の過酷な場面です。とても細かくリアルに描写されていて、ジュゼップの観察眼の高い能力と才能を感じることができます。難民が飢えや寒さ、病魔に苦しむ中で、愛する人とも別れてしまった彼はどのような思いで描き続けたのでしょうか。それを想像するだけでも胸が締め付けられますし、その絵が残っていたことに感動します。
この映画を監督したのは、フランスの全国紙ル・モンドなどで活躍してきたオーレルというイラストレーターです。ジュゼップが残した鮮烈な絵に触発されて、オーレルはジュゼップの作品に初めて接した時から10年の歳月を費やしてこの映画を完成させました。今こそ伝えるべき尊いメッセージが込められていて、収容所の若いフランス人憲兵との有刺鉄線を越えた友情には心があたたまります。
ジュゼップが描いた絵以外の全体のシーンは水彩画のようなタッチでありながら、時にカラフルな色づかいで、映画全体が一枚の、あるいは連作の絵画のような印象を受けました。時代を超えたジュゼップとオーレルというふたりのアーティストの才能が融合したことで、世界中から絶賛されています。同じく戦禍の時代を生き抜いた人々を描いた「この世界の片隅に」の片渕須直監督も本作にコメントを寄せており、武器とペン、どちらをとることが正しい選択なのか、この映画は問いかけてきます。