「自らの居場所を守り続けたピアニスト」海の上のピアニスト イタリア完全版 komasaさんの映画レビュー(感想・評価)
自らの居場所を守り続けたピアニスト
決まった数しかないピアノの鍵盤を使って、誰も聞いたことのないピアノを引く1900。しかし、どこまでも続く摩天楼のビル群を見て、無限にある鍵盤では演奏できないと下船を諦める。
物語の主人公というものは、新たな世界へ飛び込んでいくものだ。しかし彼は、そこに留まり続けることを選択する。何故そんな選択になったのか、色々と考えてしまう。
戸籍がなく社会的に存在していないという現実は、1900に自らを虚ろな存在とし定義してしまった。また、大人の中で育つため防衛的な意味での観察力は必須だったろう。相手を喜ばせることで船内に居場所が確保されるのだから。
やがてピアノを弾くことを覚えた彼は、目にした相手やその場の雰囲気を自分の中に投影し、音楽として表現するようになった。観察には長けているが、虚ろで自分を表現するという発想がない彼だからこそ出来る独特な演奏。拍手喝采でやがて船内のバンドに迎えられる。
しかし、自分を主張することを求められた決闘の序盤は、期待されるような演奏にを行えなかった。しかし最後には相手を自分の中に取り込み、その上を行く演奏を見せ勝利する。対戦相手の感じた屈辱、絶望はどれほどのものだったろうか。作中で一番の見せ場だが、改めて考えると主人公の無邪気な残虐さにただ恐怖する。自分より喜ばれる相手を目の当たりにして、居場所を失うと認識したのだろうか。
そんな彼の演奏は相手に一時の幻想を与える。しかしそれは、アメリカという大きな希望の前では儚いものであり、かれもそれを十分に理解していた。これが後に下船しなかった下地となる。
そんな彼が唯一、自分の中から湧き上がる思いで演奏したのが、少女を見つめながら演奏した時なのだろう。その思いを伝えたいという衝動は彼自身を混乱させただろう。
やがて少女とその父が言っていた、海の声を聴くために下船を決意した1900。だが無限に続くビル群を改めて目の当たりにする。人々を引き付ける巨大な希望の象徴である摩天楼。そこで人々を喜ばせ自分の居場所を確保する事が不可能と悟り彼は下船を諦める。
その後は、船の舞台装置のように演奏を続けたのだろう。最後は船の爆破という彼にとっての世界の終末。当然抗うことはできず、船と運命をともにすることになった。初めから定められていた運命のようなものを感じる。
マックスと1900の出会いからジェットコースターのような演奏シーンはとても印象的。他にも素晴らしい曲がたくさん詰まった素晴らしい映画