「この世のありとあらゆる哀しみを集めたような傑作」ヤクザと家族 The Family ありきたりな女さんの映画レビュー(感想・評価)
この世のありとあらゆる哀しみを集めたような傑作
SNS上で「どうして綾野剛にはこんなに世界の哀しみを背負わせたがるのか」みたいな書き込みを見て、本当にその通りではないかと思うほど、この世のありとあらゆる感情を集めて背負わせたような2時間半だった。
海が美しく、空が広い、小さな地方都市。
前半を占める2つの時代にはその美しさが際立つようなカットが多く、後半の2019年になると途端に画角が狭くなる。
グザヴィエ・ドランの映画みたいにインスタグラムサイズの真四角ではないにしろ、単純に横幅が狭まる分窮屈な印象を受ける。14年間で変わってしまった世界に戻った賢治の生きづらさが視覚だけでストレートに伝わってくる。
そんな小さな街にもヤクザは居て、"シマ"争いを繰り広げていて、ヤクザの中にも師弟関係のような強固な上下関係がある。そもそもヤクザとそれ以外の人間で同じ世界で生きているはずなのに、そこには法や条例と言った見えない境界線で明確に世界を違えている。
小さな街の中に見え隠れするいくつもの分断。だからこそ天涯孤独になった賢治が思わぬ事態がきっかけになったとは言え、本当の父子・兄弟のように柴咲組の"家族"を大切に想い、一員となってゆくさま、そして由香と彩と文字通りの家族になろうとしたさま、どちらも切実に迫ってくるものがある。
また、タイトルロールが素晴らしかったと思う。賢治が柴咲組に入ることになって父子の契りを交わす場面、そして往年のヤクザ映画のように中央に縦書きでクレジットを出す。フォントも含めて、もはや古典的な型の一つのようなそれを、最新の映画で観ることができるとは思えなかったし、音楽や画の迫力も含めてただ痺れた。格好良すぎる。
役者陣は本当に全員凄まじいけれど、特にベテラン俳優の皆さんの貫禄が流石です。
舘ひろしさんの組長。佇まいだけで様になる格好良さ、沢山の組員達を大切にする優しさ、いざと言うときははっきりと物申すその視線や台詞の凄み。そして老いてゆき、見る影も無くなっていく姿。最期まで近くに居た組員たちはさぞかし見ていて辛かっただろうなと想像できるほどだった。
個人的には北村有起哉さん演じる中村が凄まじかった。特に後半。あんなに真面目なヤクザ居るのかなって序盤でクスリと笑えるような姿だったのに、後半でシャブをシノギとして手を出さざるを得なくなって賢治と殴り合うところ。
真面目なだけでは、綺麗事だけでは生きていけないことをその人生全てで表していたし、結局自身も手を出していたことがわかるたった数秒のシーンの衝撃たるや。
岩松了さん演じる大迫刑事のダーティーさも素晴らしかった。「裁く側」であるはずなのに「裁かれる側」とさえ上手くやりあって世を渡ってゆく、潔いくらいの悪人の一人だろう。
彼からはあまり感情が読み取れないというか、警察側でもヤクザ側でもないような、誰の味方や立場にもならずに自分の利のためだけに何でもやれてしまうような恐ろしさを感じた。終盤で、賢治たちが元ヤクザだとバレた時に職場にやってきた時、何故かその時本当に吐き捨てるような言葉や視線が本当に恐ろしく、印象に残った。
また尾野真千子さんと綾野剛さんの共演は毎回素晴らしいなと。カーネーション、Mother、最高の離婚と観てきて、本作もお二人だからこそだと思った。
賢治と由香のように一緒に居たいのにどうしようもできない、やり場の無い悲しさを抱えてしまったら、人はどう生きれば良いんだろうか。由香が泣きながら二度と会わないで欲しいと話す時の、和室のような敷居を踏み越えて後退り拒絶を示す動き、泣き声の壮絶さ、本当に辛いシーンだった。
(お二人にはぜひラブコメなど底抜けに明るい役などで共演も観てみたい…どこかの偉い人…)
賢治を演じる綾野剛さんの凄さは誰もがわかると思うし、ご本人も「集大成」と表すほどの芝居を同時代に拝見できる幸せを噛み締めながらスクリーンを見ていた。
元々すごく好きな俳優さんだし、舞台挨拶で同日公開の他の作品を挙げてタッグを組んでいるとつもりだと話されていたのが印象的で、綾野さんのそういう真摯な姿が本当に素敵だなと、改めて思った。
でも、それにしても、賢治の一生があんまりにしんどくて。「お前さえ戻って来なければ」と"家族"同然の人々に言われ、思われ、図らずも彼ら彼女らの人生も静かに狂わせ狭めていってしまったこと。ただ「家族になりたかっただけ」なのに。
本当に世界の哀しみを背負わせすぎではないかと考えないとやり過ごせないくらい感情が昂って、ただただ圧巻されて涙も出なかった。
それでも最後に賢治が手を下したことで、翼の手を汚すことなく守ったこと、そして翼と彩が出会って終わったのが良かった。
血の繋がった子と、血は繋がらなくても子同然の存在。賢治のことを「話そうか」と寄り添うラストショット。彼らが賢治を物語ることで、受け継がれるものにせめて救いを求めたい。
初日舞台挨拶でもその「継承」に基づいたメンバーだったのがとても良かった。
本作に限らず、血縁によらない共同体による物語が最近増えてきているように思う。どんな繋がりでも家族や友人や恋人に近い存在、名前のつかない関係性だとしても大切に寄り添って生きて救われる人がいる可能性を、様々なところで更に目にするような世の中になれば良いな(例えフィクションであったとしても)、と願っている。