劇場公開日 2021年10月1日

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「最も感動したのはラストで利根の激白に、思わず筈篠が涙したシーンでした。ふたりにはお互いが知り得なかったある繋がりがあったこと」護られなかった者たちへ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0最も感動したのはラストで利根の激白に、思わず筈篠が涙したシーンでした。ふたりにはお互いが知り得なかったある繋がりがあったこと

2022年9月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 インディペンデントのピンク映画からメジャーの恋愛モノまで幅広く手がけてきた瀬々敬久監督、「64 ロクヨン」 「友罪」など社会派ミステリーの系譜にも連なってきます。中山七里の小説を原作にした猟奇連続殺人事件の物語ですが、東日本大震災を起点として今に続く悲劇を描き出そうとします。
 震災によってすべてを奪われた人たちが、どのような状況で生きていかなければならなかったのか。貧困や孤独といった重いテーマが横たわる一方、人とのつながりが救いになるという希望も持たせてくれる作品でした。
 いい人だと思われていた被害者に別の顔があったように、正義や善は決して一面的ではないこと、そして誰もが孤独や貧困に直面する可能性をはらんでいることに気付かされます。
 瀨々監督の作品のいいところは、たとえ犯罪者でもステレオタイプに断罪せず、罪を犯す状況に誰もが思わず感情移入したくなるほどの犯罪者が犯罪に陥るざるを得なかった状況を深く掘り下げる点です。罪は罪として報いは受けなければいけないけれど、罪を犯すまでの抱え込んでしまった運命について理解を示す視点は大切ではないでしょうか。

 東日本大震災から10年後、仙台市内のアパートで、両手を拘束されたうえ四肢や口をガムテープで塞がれ、餓死した状態の遺体が発見されます。被害者の名は三雲忠勝(永山瑛太)。福祉保健事務所の人間だということがわかり、金銭に手がつけられていなかったことから怨恨の線で捜査が始められましたが、身辺を洗っても、職場でも家庭でも三雲のことを悪く言う者は誰もいなかったのです。
 しかしそれから4日後、今度は城之内猛留(緒形直人)が公園近くの森の中にある農機具小屋の中で遺体で発見されます。遺体の状態は記者クラブにも流していない共通項が多く、十中八九同一人物によるものだと判断されました。
 城之内にも公私ともに悪い噂すら見つからなかったため、犯人は善人や人格者に照準を定めていると考えた捜査本部は、前科者や精神科に通院歴がある者からあたるよう指示しますが、宮城県捜査一課所属の笘篠誠一郎(阿部寛)は2人に必ず何か共通点があるはずだと考えるのです。そして三雲と城之内が塩釜福祉事務所で2年間、同じ時期に職員として働いていたことをつきとめます。

 笘篠と相棒の蓮田智彦(林遣都)は、被害者の部下幹子(清原果耶)から福祉事務所の仕事の1つであるケースワーカー業務に同行して生活保護受給者たちと接触し、行政側が真っ当な対応をしていても逆恨みされていることがあることを知ります。そして2人は捜査対象を三雲と城之内が勤務している期間に生活保護申請を却下された者や、受給していながらケースワーカーの報告で打ち切られた者にしぼり、塩釜福祉保健事務所からその対象者のリストが入ったUSBと資料をなんとか手に入れるのでした。
 そして2年間で700件近くあった該当者の中で、不服申し立てを含み申請が複数回に及ぶ者や事務所関係者とトラブルがあったものに絞ったところ、やがて容疑者が浮上したのです。
 リストの中で、遠島けい(倍賞美津子)という人物の場合は本人ではなく知人男性が乗り込んできて、三雲と城之内に怪我をさせた挙句に建物に火を放ったと知った笘篠と蓮田は、その知人男性・利根勝久(佐藤健)こそが犯人ではないかとにらむのでした。

 筈篠は、事件直前に刑務所から出た利根を追うことになります。施設で育った利根は、震災の避難所で出会った少女カンちゃん(石井心咲)、一人暮らしのけいと家族同然の暮らしをしていましたが、けいが生活保護を受けられなかったことに怒って事務所に放火してしまったのです。

 映画の柱の一つは、災厄がもたらす孤独と格差、それを乗り越えようとする人間愛です。身寄りのない3人が肩を寄せ合って再生しようとし、震災で妻と息子を亡くした筈篠も、利根の過去を知るうちに自分の傷と向き合っていくのでした。

 一方で、生活保護行政の影にも目を向けます。行政側の非情で官僚的な対応を描きつつ、財政難の事情や不正受給者の存在も示してゆくのです。悪意や怠慢に単純化するのではなく、むしろ制度を守ろうとして誰も幸せにならない不条理を浮かび上がらせたのでした。

 本作をミステリーとしてとらえるのは、少々難があるでしょう。肝となるはずの動機や犯人捜しだが、こちらの意外性やドンデン返しのカタルシスは、残念ながらもう一つなのです。皆さんもご覧になれば、利根があっさり逮捕され、犯行を自白してしまうことに筈篠が疑念をもち、裏取り捜査に乗り出す時点で、事件の真相をほぼ予感できることでしょう。でせも本作は誰が犯人かということではありませんでした。
 一見ミステリーぽく見せつつも瀬々監督は、今も残る震災の傷痕と、震災が明らかにした弱者救済制度の不備にスポットが当たるようにこの娯楽作に盛り込んだのです。生活困窮者が餓死してしまうという死因の強烈さを挿入することで、生活保護のシステムがなぜこれほど面倒なのか。餓死するとわかっていても突き放してしまう行政の非情さとそうせざるを得なくさせている不正受給の問題にも触れていて、行政の福祉担当者の切迫した苦悩は、鋭い問い掛けとなり、我々に深く突き刺ささってくることでしょう。

 しかしながらわたしが最も感動したのはラストで利根の激白に、思わず筈篠が涙したシーンでした。ふたりにはお互いが知り得なかったある繋がりがあったのです。
 利根はあくまで自分はいいヤツなんかじゃないと激白するのです。あの震災の時、海に乗り込まれる少年を見ても水が怖くて、足が止まってしまって助けられなかったような意気地なしなんだというのです。だからその少年と同じ黄色いヤッケを着ていたカンちゃんを見たとき、この子だけは護ってあげたいと思ったのだとも。
 全編を通じて、寡黙で怖い表情を浮かべるだけだった利根のこの台詞に遭遇した時、なんて優しい奴なんだろうかと思いました。タイトルの『護られなかった者たちへ』の中にはきっと少年を助けられなかった利根の悔恨も確実に入っていると思います。

 ところで本作は、佐藤健の熱演が物語に深みを与えて本当に素晴らしかったです。
 予告編で話題となった利根が泥水に顔を突っ込みながら声を限りに叫ぶシーンや、初めて人の優しさに触れて心を動かす場面など、その名演シーンは語り尽くせません

 時を経て、震災がドラマに昇華されるようになったことがうかがえる骨太の一作です。(2021年10月1日公開)

流山の小地蔵