望みのレビュー・感想・評価
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悲劇を包み込む愛と優しさ
本作のストロングポイントは、終盤の素晴らしさである。終盤までは典型的な犯罪に巻き込まれた家族の悲劇を描いたサスペンスだった。しかし、終盤になって、犯罪の被害者、加害者という結果を追い求めていた作品が色を変えていく。心癒されていく。
本作の主人公は、一級建築士の石川一登(堤真一)。彼は、妻の貴代美(石田ゆり子)、長男(岡田健史)長女(清原果耶)の4人家族で幸せに暮らしていた。ある日、長男が無断外泊をしたまま行方不明になる。同時に、長男の友人の殺人事件が発生したことから、警察は長男が殺人事件に関与したのではと疑いを持つ。マスコミ取材も過熱し、加害者であってもいいから長男の無事を信じる妻と、被害者であってもいいから長男の無実を信じる主人公は、次第に対立していく・・・。
本作は、サスペンスではあるが、殺人事件の犯人を追い詰めて突き止めていく物語ではない。長男が加害者なのか被害者なのかに力点をおいて、殺人事件に翻弄される家族の姿を描いていく。
長男のことが世間に知れるにつれて、長男は加害者扱いされ周りの人達は主人公から離れていく。世間の冷たい目に晒された主人公夫婦が、精神的に追い詰められ、主人公の正義と妻の母性が真っ向から衝突していく様を、堤真一と石田ゆり子が迫真の演技で表現している。
長男が加害者でも被害者でも家族の悲劇には変わりはない。したがって、ラストは悲劇で終わるだろうと思っていた。しかし、そんなベタな作品ではなかった。終盤、事件の真相が一気に解明されるとともに、序盤の伏線も一気に回収される。家庭では無口だった長男の想いが明かされる。
加害者、被害者という結果ではなく、その奥にある真実が一筋の光明のように主人公家族の闇に差し込んでくる。家族の悲劇は、愛と優しさに包まれていく。
本作は、終盤、殺人事件のプロセスに丁寧に迫ることで、人間の愛と優しさを浮き彫りにし、救われたという気持ちに満たされる良作である。
日本の犯罪の実情を感じさせる作品
犯罪の被害者の家族の話だが、加害者なのか被害者なのか決まっていない中での苦悩が描かれており、実際もこうなのだろうと想像をかき立てられた。
だが、実際に疑った人達に対して、あのような態度が取れるのだろうかと最後にもっとリアリティが欲しかったなと感じた。少し綺麗にしようという心理が面白さを失わせている原因な気がする。
息子は被害者か?加害者か?
2020年。堤幸彦監督。原作・雫井修介。
幸せな家族のモデルケースのような家庭が巻き込まれる殺人事件。
息子が学園の暴力事件に巻き込まれたらしい。
生徒がひとりむごたらしいリンチ殺人で亡くなった。
遊び仲間たちの揉め事らしい。
その仲間たちと関わりのあったらしい息子は音信不通で家に戻らない。
サッカーの怪我でプロ選手の道を絶たれて以来、悪い仲間と連んでいるらしい。
事件に巻き込まれたらしい息子・規士(岡田健史)の帰りを待つ父親(堤真一)と母親(石田ゆり子)。
息子が加害者だとすれば、生きている可能性がある。
被害者なら死んでいるかも知れない。
被害者であって・・・と、願うことは息子の死を望むことに近い。
加害者なら罪人となった息子のその後の人生を背負う覚悟がいるだろう。
そして民事訴訟での賠償責任が生ずるだろう。
父親は社会的地位と自分で設計した美邸を失うかも知れない。
母親と父親の気持ちに微妙にズレが生じます。
どんな形でも生きていて・・・と願う母親。
直ぐに仕事に支障が出て戸惑う父親。
家の周りは心無いマスコミの取材攻勢にさらされて、息が詰まり、
ネットの誹謗中傷にも苦しめられる。
妹の雅(清原果那)も不登校になってしまう。
加害者であれと望むこと。
被害者ならと望むこと。
どちらも親にとって悲し過ぎる究極の二択です。
身につまされる、いつ降りかかって来るか分からない事件でした。
地味な映画ですが、とても他人事とは思えず、心に迫りました。
希望は一体何処にあるんですか…😭 「親」になるということへの覚悟を試される一作。
とある暴行殺人事件の渦中に巻き込まれた石川家の人々の、それぞれの「望み」が描き出されたヒューマン・ドラマ。
監督は『20世紀少年』シリーズや『SPEC』シリーズの堤幸彦。
脚本は『時をかける少女』『サマーウォーズ』の奥寺佐渡子。
一級建築士として働く家長、石川一登を演じるのは『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズや『海街diary』の堤真一。
一登の妻、貴代美を演じるのは『もののけ姫』『コクリコ坂から』の石田ゆり子。
一登と貴代美の息子、規士を演じるのは『中学聖日記』『MIU404』の水上恒司。
規士の妹、雅を演じるのは『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』『3月のライオン』の清原果耶。
事件の取材をする週刊誌記者、内藤重彦を演じるのは『LIAR GAME』シリーズや『イニシエーション・ゲーム』の松田翔太。
……………。
…よくこんな地獄みたいな映画作れるな😱
どっちに転んでもバッドエンドが待っている、最悪の十字架を背負った家族の物語。
映画の冒頭、クライアントに自宅を紹介するシークエンス。ここでの家族の描き方が非常に巧い。
父親の一登は愛想がよく、仕事熱心な男。家族のことを大事にしている。ただ、どこか「良い父親」を演じている素振りが見受けられる。息子へのアドバイスも、確かに正論ではあるのだが所詮は唯の一般論であり、どことなく空虚な印象を受ける。
母親の貴代美は子供たちを溺愛している様子。ただ、息子の夜遊びへの注意をLINEで行うなど、彼の非行に対して正面から向き合っていない感じもある。
妹の雅は明るいが少々生意気な、至って普通の中学生の女の子。しかし、目標に向かって努力する自分と、挫折した兄を比較して、なんとなく悦に入っているような雰囲気が感じられる。
そんな家族の態度に、苛立ちを募らせている長男の規士。若干グレてはいるようだが、思春期の男の子にとってドカドカと部屋に入り込まれるという行為は最悪なことだし、親からの上から目線なアドバイスが癪に触るということもわかる。
このように、規士はどこにでもいるただの反抗期男子なのだが、しかしやはりどこか思い詰めたような表情を覗かせている、ような気もする。
冒頭で描かれるのは、ごく普通の、というよりはかなりハイソで幸福そうな家族の姿。しかしその裏側に、何か不穏なものが横たわっていることがありありと感じられます。
さりげなく、しかし殊更に一登と貴代美の指にはまっている結婚指輪が映し出されるのが嫌らしくも巧いポイント。
何となく危うさが漂う石川家。その不穏な気配は、″規士が隠し持つナイフ"という形でその姿を現します。彼の両親がナイフのことを知り、それについて問い質す時こそが、この最悪な事態を回避することが出来た最後のターニングポイント。…なんだけど、当然登場人物たちはそんなことは分からない。
そうじゃないだろ一登!そうじゃないだろ貴代美!
何故ナイフを隠し持つことになったのか、その原因を理解しようとすることもなく、一登はただ「良い父親」を演じ、貴代美はただ不安がるだけ。ここにおいて、この一家の行く末が決まってしまった訳であります。
この最悪な物語から我々が学ぶことができる教訓はなんなんだろう?
と考えると、やはり「親」になることへの覚悟を持て!ということなんだと思う。
じぶんの子供が最悪な事件に巻き込まれてしまったら、または最悪な事件を引き起こしてしまったら、あなたは腹を括れますか?子供の苦悩を理解するように努め、それに向き合う事が出来ますか?
「親」になることを選択した以上、たとえ地獄のような苦しみが待っていたとしても、それを受け入れなくてはならない。その事を突きつけてくれる映画だったように思います。この映画を観て覚悟を決められない人は、親になんかならない方が良いのかも。
最後の最後まで物語がどう転ぶのか予想がつかず、あの決定的な瞬間まで祈るような気持ちで鑑賞していました。非常に苦しい作品ですが、ドキドキ度合いは凄まじく、退屈はしません。
ただ石川家は事件の真相を解き明かすことに対してはあくまでも受動的であり、能動的ではありません。そのため、殺人事件の真相こそが作品のコアではありますが、調査や推理などといったミステリー的な面白さは皆無。
これは本作のジャンルがミステリーではなくヒューマンドラマなので致し方無いところではあるのですが、いわゆる「イヤミス」的なジャンルなのかと思って鑑賞していたため、少々肩透かしを食らったことは事実であります。
気になった点を一つ。
加害者家族ものにありがちなんだけど、家の玄関に堂々と落書きされるという展開。
こんなことってある?なんかこういうのを観る度に「グラップラー刃牙」(1991‐)を思い出してしまって、ちょっと冷めてしまう。特に今回は犯人だと確定していないパターンなのだから、こんなに大々的な感じにはならんのではないだろうか。
1998年に発生した「和歌山毒物カレー事件」では、その犯人とされる人物の自宅がひどい落書き被害を受け、遂には放火までされてしまった。その事件を参考にしたのかもしれないが、この映画の場合はもう少し抑えめのトーンで描いた方がそのリアリティは増したように思う。
スーパー重くて辛気臭い、地獄のような2時間の映画体験だった。ご鑑賞は、精神的なゆとりがある時に行うことをお薦め致します。
個人的な好みとはズレるし、もう一度鑑賞しようとはどうしても思えないけど、作品自体はかなりの良作だと思う。「堤幸彦ぉ!?商業主義バリバリのドラマ監督に面白い映画が撮れるわけねぇだろぉ〜!?」とか思っていてスミマセンでしたっ💦
…にしても堤真一って演技上手いなぁ〜…。
そして石田ゆり子は可愛いなぁ…。
究極の二択
事件に巻き込まれた息子が加害者で生きているか、被害者で亡くなってい...
望むものは
普通の家族にある日、息子が事件に巻き込まれた。
その事件では、高校生が1人死んでいる。まさか、自分の子供がそんな事件に関わるとは。
その内に2が逃亡しているとして、自分の息子が加害者なのか?被害者なのか?
もしも、被害者ならば死んでいる可能性がある。
もしも、加害者ならば生きている。だけど、人を殺めている可能性がある。
そうなってしまった時、自分は、どちらを望むべきなのか?
どうしたいと願うのか?
トロッコ問題の様な感覚を感じました。
息子に対してどれだけ信用出来るのか。
それが一番の所かもしれない。
普段の中では、思春期も始まってあまり対した会話もなく、何を考えているのか?分からなくなってきた。
そんな中でこの様な事件が起きてしまった。
信じる事で救われるとよく言われるけど、信じる事ってとても大変な事だと思う。
この映画の中では、世間からバッシングや落書きなどの被害を受けている。
それでも自分の心をまともにいようする心が自分には、あるかなと感じた。
心が折れてしまうとどんな事でもそれが全てになってしまうかもしれない。
真実には、信じる心しかないのかもしれない。
記者に問われた「被害者でも加害者でも真実を知る事が出来ますか?」
それは、自分を信じ相手も信じるしかないという答えだったのかなぁと思いました。
タイトルが深い。
悲しい。とにかく悲しい。
加害者家族として世間に晒されて、結果的に被害者。
加害者であって欲しいっていう言葉はすごく深くて刺さる。
つかれた…
ストーリー 87点
配役 90点
音楽・映像 85点
全体 86点
親としてはどちらを望むかな、、、
タイトルの"望み"は、立場が変わればそのモノ自体も変わるを意味しているようで、今回私は"母親"の立場から鑑賞した。
思春期の長男がある日突然いなくなり、そこから家族の空気がガラリと変わる。
仕事大好き父ちゃん((堤真一)。仕事とはいえ、自宅をお客様に見せるのはどうかなと。リアルはリアルですが、モデルルームのほうが客も家族も助かるんじゃないのー?
出版関係のお仕事しながら、子供二人に恵まれ、アイランドキッチンでお洒落な料理する母ちゃん(石田ゆり子)
事件が分かってから一番気持ちの揺れが大きく描かれていたけれど、誰よりも一番我が子の安否を心配し、割と早くから覚悟(事件自体を受け入れる)していて、不安になりながらも母の強さを感じた。
子供を育てていると、普段からやったやられたの繰り返し。家の中のことならさほど気にしないけど、外で遊ぶ相手とのイザコザは本当にぶっちゃけ面倒くさい。
そしていつも思うのが、加害者より、被害者の立場になるほうが楽。
とはいえ、本作を鑑賞していると、そんな呑気なことは言っていられなくなる。
本作の事件に巻き込まれた長男は、優しく
て親に心配かけまいと、話を伏せていたけれど、やはり喋らないと親は守ってあげられないし、優しさにも時と場合があることを我が子に教えなければなと改めて感じた。
たくさんのマスコミが登場し、そのキモさ120%の存在感が本作でも光っている。人のプライベートに確信もないのにズカズカ土足で上がりこんできて、勝手なことをいって一般人を傷つけ、巻き込み、煽る。
SNSが普及した今の世の中。
便利だからこそキヲツケなければ、本当に世知辛い世の中だわ。
子を持つ親として
自分が親だからこそ共感する部分が多かった。
息子が生きていてほしいと願う。
その時の感情。
旦那との考え方の違い。
母親の立場と父親の立場の違い。
母として
藁をもすがる思いで記者と接触するシーン。
それに怒る旦那。
目に浮かびます。
自分の息子を失ったが
救われた。
見ていた私も救われた。
石田ゆりこ 本当に素晴らしい。
事件の真相は薄いが、本筋はそこではないので問題なし。
メディアに躍らせる現代。
コロナ禍における現状ともリンクし
現実味のある作品でした。
推理映画かと思ったが
ヒューマンで
悲しい結末だけど
心が救われる。
そんな不思議な作品です。
私の中で高評価です。
どう望むのが正しいのか
タイトル通り、まさに『望み』。
父、母、妹のそれぞれの『望み』が交錯する中、息子が被害者か加害者か、それとも…
被害者・加害者の2択しかない人の表現が家族をより苦しめる。
そもそも望むという行為は、その事件には何の影響も及ぼさない。
つまりこの映画の面白い点は結末だけでなくその心理の全てなのである。
その望みの中身は今が良ければいいのか、この先の人生を考えるのか。
家族の中の立場によってもきっと大きく違うのだろう。
変わらない結末にむしろ望みなんてさっさと捨ててしまった方がいいのではないかとさえ思うが、きっと何も望まないという選択をしたとしても間違えていたと思うのではないだろうか。
どのように望めばよかったのか。
ないはずの正解を探してしまう自分がいた。
各人の「望み」が自然に描かれていた!!
家庭を持って、ある日事件に巻き込まれていく様を観客に追体験させる出だしが上手かったです。切り出しを見付けた時の父親の希望、とにかく息子に生きていて欲しいという母親の希望、怪我がきっかけで次の生き方を模索する息子の希望、がしつこくなく上手く描かれていました。堤監督はかつてTVドラマでの癖のある演出が特徴でしたが、良い意味で一般向けに進化できて本当に凄いと思いました。主演が堤真一さんで安心して観れますし、ストーリーも無駄が無く完成度の高い映画だと思います。
タイトルなし(ネタバレ)
原作(読んでいない)がよく出来ているのだろう。短く纏まっている出来の良い映画だと思う。自分達がこの親の状況に置かれたらどうするのか?正直加害者でも被害者でもない第三の可能性が僕の望みだったのだがそのシナリオは早々に葬られた。
坂元裕二であれば
表情の演技がすごく良い
どこにでもいるような普通の家族が、一つの事件をきっかけに全てが一変していく様子がすごくリアルに描かれていた。たった数日の中で、父、母、妹のそれぞれがもつ「望み」が少しずつ鮮明になっていく様子が、セリフの有無にかかわらず、表情から読み取れる複雑な心境で表現され、また、重たいBGMやスローの演出によってそれらがより効果的に表れていた。
この映画のような、被害者か加害者かわからない状態の家族を描いた作品は観たことがなかったので、すごく衝撃的だったし、事件の全貌が明らかになっていくのが劇中の家族と視聴者が同じタイミングということで、感情移入しやすかった。
役者さんの表情の演技がすごく良く、時が経つにつれてやつれて目が虚ろになっていくところが素晴らしかった。
息子(兄)が人殺しの被害者なのか加害者なのか。どちらにしても最悪の状況下で、それぞれの言い分や心情をそれぞれの立場で考えると理解できたので、鑑賞中、心が苦しくなるほどだった。
話の論理展開もきちんとしていたし、役者さんの演技、音響、映像のどれも良かったと思う。
果たしてどちらが良かったんだろうか
観ていてとても辛かった。加害者よりも被害者でいてくれた方がまだいいのでは、と感じている父と娘。加害者でもいいから生きていてほしい母親。もし、自分なら、、、と考えても、どれだけ考えても答えは出ない。加害者では絶対にあってほしくない。でももちろん生きていてほしい。
我が家の息子も小学生から高校までサッカーをしていて、引退した後はポッカリと空いた時間をどう過ごすのかと少し心配もした。特に問題はなかったが、今は個人で携帯を持つ時代、学校の連絡網も今はない。たとえ親でも友人関係はよくわからず、多感な思春期、出かけるたびに誰と遊ぶの?誰に会うの?と聞いてもいつも答えてくれるわけでもない。映画の中で、殺された子の名前を聞いても友達なのかわからなかったけれど、それはあることだと思う。
規士は怪我でサッカーを辞めた後、何もしていないわけでもなく、父親の言葉を素直に受けとめ、きちんと将来を考えていた。規士としては加害者ではないと家族に信じてしてほしかっただろう。
やはり我が子が人を傷つけるような人間であってほしくない。でももちろん死んでほしくないし、怪我もしてほしくない。やはり答えは出ない。
タイトルなし(ネタバレ)
被害者として考えたときに、亡くなっていると決めてしまうところはもう少しなんとかならなかったのかな…と思うけど、葛藤や考えの違いも捉えやすく、良い作品でした。
救いがない物語。いい意味でというか、作品として。でも観るべきと感じる映画。
清原果耶ちゃんが握るお守りと、花塚&高山で号泣しました。
あと森山直太朗の主題歌が秀逸…!!
望まない望み
「息子が殺人を犯しているわけがない」と望む父と、
「殺人犯でいいから生きていて欲しい」と望む母。
被害者であることを望むということは、息子の死を望んでいるのか。
息子の生存を望むということは、殺人犯であることを望んでいるのか。
そんなの、どちらも望んでいるわけがないんですよね。だから苦しい。
テーマとしては非常に面白いのですが、極論であるが故に
「どうしてこの両親は、その間にある可能性を考えないのか?」という疑問はあります。でもそこがこの映画をわかりやすく、楽しめるものにしているとも言えます。
重い現実を受け入れ、それでも生きていこうと前を向く主人公たちの様子は、観ている側にも救いがあり私は好きです。辛いテーマですが、鑑賞後イヤな気持ちにはなりません。この映画が好きな方は「人魚の眠る家」もオススメです。私なら何を望むだろう?何をするだろう?と自分事として観れる面白い作品でした。
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