「最高傑作」ファースト・カウ Raspberryさんの映画レビュー(感想・評価)
最高傑作
火をくべて、部屋を掃き、花を飾り、料理をして、裁縫をする。住むことができる場所が少しずつ作られていく動作。人間の暮らしというものが何をベースに支えられていくのかという根底を問うものだ。比喩的に言えばそれは窓の内側。派手なストーリーやアクションを窓の外側だとすると、ケリー・ライカートは、登場人物を通して鑑賞者が窓の内側で存在することを可能にした。
これまでの映画なら、男たちがケンカを始めればカメラも外に出ただろうし、男たちが散歩に出ればカメラもすぐさま出ただろう。しかし本作は店に残された赤ちゃんや、部屋に残った女たちの表情に眼差しを向ける。
開拓の名のもとに人間の欲望が溢れ出す中で、クッキーもルーも自分の善性を決して諦めなかった。良心の人々が追い詰められるこんな世界に、果たして私たちの住む場所はあるのか。
豊かな自然の恩恵を採取する営みと、森に存在しない材料を使って作る人間の知恵と文明。
果たしてアダムとイヴは楽園を追放されたのか、それとも楽園から解放されたのか?という難題。
可愛い雌牛とクッキーの温かい交流がこの難題に対する一つの答えのようだった。相手を金儲けの道具として見ないこと、相手の存在を尊重する誠実さ、それが私たちに残された最後の希望だ。
ケリー・ライカートの視力によってあらたに世界が始まっていくことを祈って。
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