「無常感漂うが、それだけにとどまらない余韻を残す一作」ファースト・カウ yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
無常感漂うが、それだけにとどまらない余韻を残す一作
開拓労働者として先の見えない生活を送る二人の男が、ふとしたきっかけで出会った一頭の乳牛を使って一旗上げようとするが…、という物語なのですが、その帰結が明らかとなった現代から、時間軸を過去にさかのぼって事の次第を語っていく構成であるため、彼らがどうなってしまうのか、ある程度察しがついた状態で観進めることになります。そもそも他人の乳牛を無断拝借している時点ですでに綱渡り的な状況な訳ですが。
ある程度先が見えているだけに、自分たちの夢を追って懸命に働くクッキー(ジョン・マガロ)とキング・ルー(オリオン・リー)の姿は、生命力を感じつつもどこか無常感が漂っています。筋立てによってはピカレスクロマンやコメディーにもなりそうだけど、そうした要素はほとんどないので、それらの方向性を期待すると、もしかすると期待外れ、と思っちゃうかも。
クッキーとキング・ルーの間には、明らかに友情を超えた絆があるんだけど、彼らが心情を吐露する描写はごく控えめ…、というかライカート監督はそもそも人物の関係性を微に入り細に入り描く作家ではないので、その機微にはぜひともご自身で想像を巡らせてほしいところ。
またライカート監督はどの作品も生活描写が非常に卓越しているんだけど、本作でも、例えばぼろぼろにすり切れた(でも大切に扱っているであろう)衣服の質感、隙間だらけの住居、使い古した食器など、「時間」と「生活」を感じさせる映像はいずれも非常に印象的です。それらにさらに繊細な音遣いと美しい自然描写が加わって、鑑賞中は西部開拓期の世界に入り込むことができます。
屋内の状況と小窓で切り取られた屋外の情景を一つの画角に収める画面構成を多用するなど、さりげないんだけど意匠を凝らした構図のみごとさも相変わらず。しかも単に面白い構図、なのではなく、そこにはちゃんと状況を伝えるための必然性があるので、映像の美しさと語りの巧みさの両方を同時に体感できます。
開拓地において苦しい生活を送る人々が金持ちを出し抜いて成り上がろうとあがく物語として、本作はテレンス・マリック監督の『天国の日々』(1983)とも通じ合うものがあります。単に物語の筋が似ている、というだけでなく、逆光や斜光を活かした風景描写など、本作は至る所にマリック監督の影響を感じ取ることができるため、本作を興味深く鑑賞した人は、『天国の日々』も面白く観ることができるかも。