日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人

劇場公開日

日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人
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解説

フィリピンと中国の太平洋戦争の残留者たちにスポットをあてたドキュメンタリー。太平洋戦争以前、フィリピンには3万人におよぶ日本人移民社会が存在し、戦後75年を過ぎた現在、敗戦を境に日本人の父親と生き別れたことから無国籍状態に置かれた残留日本人2世たちがいる。また、かつての満州国があった中国東北部でも、敗戦を機に子どもたちが置き去りにされた。戦後、日本に帰国した彼らは言葉の壁による差別や貧困に苦しみ、日本政府を訴える者たちもいた。2つの国の残留者たちと、彼らを救おうとする市民たちの活動を追うことで、日本という国の今を浮き彫りにする。ナレーションは元NHKアナウンサーの加賀美幸子。監督はテレビCMやテレビドキュメンタリー、プロモーション映像など幅広く手がけてきた小原浩靖で、これが劇場初監督作品。

2020年製作/98分/日本
配給:Kプロジェクト

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

監督
脚本
小原浩靖
企画
河合弘之
製作
河合弘之
撮影
はやしまこと
音楽
吉野裕司
主題歌
甲田益也子
ナレーター
加賀美幸子
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映画レビュー

4.0【”棄民” ”戦争が無ければ、こんな過酷な人生を歩まなかった・・、とフィリピンの残留邦人の年老いた女性はフィリピン語で言った・・。”】

NOBUさん
2021年8月15日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

知的

幸せ

ー このドキュメンタリーから、私たちが学ぶことは多い。
  そして、”大東亜共栄圏”始め海外で命を落とされた約240万人の方々の御霊、そして、その遺児達が経験された過酷な事実に、改めて頭を垂れるものである。ー

◆感想(今まで、詳細を知らなかった事)
 ・中国残留邦人と、フィリピン残留邦人に対する、厚生労働省のスタンスが違った訳。
 ー 中国へは、国策で家族と行って頂いた。一方、フィリピンは、”自分たちの意思で・・”
  オイオイ、当時の幼き子供達に、その理屈は通らないぞ。ー

 ・中国残留邦人帰還政策は、1975年から国の支援で本格的に始まる。
 ー その前は、民間団体が行っていた。”政府は、戦争処理の包括的制度を作らなかった。”ことが述べられる。フィリピンについては、この時点では、国は動かない。ー

 ・2013年に入り、漸くフィリピンでも帰還政策が民間主導で進んでいく。が、75年以上、日本人であることを公にせず暮らして来た人々は、当然ながら日本語が喋れない。

 ・残留邦人が、漸く日本に帰ってきても、言葉の壁のため、経済的弱者として、生きて来た事実。
 ー 残留邦人帰還政策とは、帰還させて終わりではない。その後、彼らが日本でキチンと生きていける法制度の充実が必要なのである。ー

<再後半、中国残留邦人の女性の方々が、四川大地震の際に、現地支援をしていた事や、”今は幸せ”と言う言葉が聴けたこと。そして、”日中の架け橋になる”と言う、尊い言葉が身に染みた。
 又、彼らの帰還に対し、精力的に動かれた方々にも、敬意を表します。>

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NOBU

4.0いちばん大事なことは私たちが「同胞」を見捨てないこと

h.h.atsuさん
2020年8月14日
PCから投稿

母国に見捨てられそうな人びとを、一つひとつ丁寧に希望するもとへと繋いでいく、そんな気の遠くなるようなプロジェクトを追いかける優れたドキュメンタリー。

太平洋戦争中に彼らを誘いこみ、そして見捨てたのは日本軍であり日本国政府ではないという行政や司法の論理。そうだとしても、「国民の保護は国の義務」であり、それが担保されないなら私たちは安心して海外に旅行に行くこともままならない。

一番の解決すべき課題は、「棄民」を行った日本政府の過去の責任を追求することではなく、問題に無関心な私たち自身の意識を変えていくこと。

対象の人たちはどんどん年をとっていくので、解決のための時間はあまり残されていない。
河合弁護士が何度も口にするように、決して問題そのものの「消滅」で終わらせてはならない。

本作であらためて実感したのは、ドキュメンタリー映画の「映像の力」。
映像の力で多くの人に問題をわかりやすく伝え、人の感情を動かし、行動をうながす。メディア、司法、政治を通して少しずつ小さな水紋を広げていく。

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h.h.atsu

4.0監督にTVで放映してって

Miya-nさん
2020年8月1日
iPhoneアプリから投稿

お願いしちゃいました。
みんなに知って欲しい事実。
淡々と事実を刻む映画で脚色のない事実だけが目に飛び込んでくる。
エンディングソングが唯一映画って事を想い出させる感傷的な曲だった。咲け咲け、香れ香れ。。。
このフレーズ気づいた〜?

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Miya-n

4.5素晴らしいドキュメンタリー

2020年7月27日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 素晴らしいドキュメンタリー映画である。今回プロデューサーの河合弘之弁護士が監督した映画「日本と原発」を六本木シネマート(いまは閉館)の試写会で鑑賞した記憶がある。原発の再稼働反対の映画で、弁護士として法という側面からの戦いのドキュメンタリーであった。
 本作品でも同じように法的な側面で、諸外国に残留した日本人の救済の問題の解決を図る。戦争という国家犯罪によって外国に置き去りにされた人々を、国家でなく民間人が救済している活動の報告である。

 国家という共同体は常に流動的だ。学校で習う世界史では、たくさんの国家が成立と消滅を繰り返してきたことになっている。現在の国家も決して盤石ではなく、これから征服されたり統合されたりすることも無きにしもあらずだ。
 第二次大戦後の世界は、戦争によって膨大な犠牲者を出したことの反省を基盤として、帝国主義を否定して国家間の紛争が武力衝突に結びつかないよう、人類全体が知恵を出したことで漸く安定している。経済的にはグローバリズムが浸透して、国家の枠組みを超えたビジネスが数多く誕生し、莫大な利益を生み出した。その結果、国家という枠組みは、地方自治体が担う行政サービスの元締め的な役割と危機管理及び社会問題のソリューションが主な目的となっている。
 ところが最近になって、再びアイデンティティとしての国家という共同幻想が存在感を増してきていて、嫌韓とか反日といったレッテル貼りをする人々が多くなった。石原慎太郎のような精神性の人々である。本来は流動的である国家という概念を固定的な概念とし、本来は全く異なるはずの国家と国民とを同一視して、例えば中国史は殺し合いの歴史であったから中国人は人を殺すのを厭わない残虐な民族であるという言い方をする。こういう言い方は、日本で親族間の殺人事件が多く発生していることを理由に、日本人は全員人殺しであるという言い方と変わらない。つまり議論が不正確なのだ。
 正確な議論をするためには、粘り強く考察する精神的なスタミナが必要だ。日本人はどうだとか、中国人はこうだといった言い方は、必ず不正確な断定となり、レッテル貼りとなる。思考停止の現れである。日中戦争や太平洋戦争当時の日本では、中国人をチャンコロ、欧米人を鬼畜米英などと呼び、個人個人に個性や考え方の違いがあることを無視して、国家という大枠でその国民を断じていた。戦争という短絡的な結論に至るためには思考停止が必要であり、実情を無視した断定が必要となるのだ。
 最近の世の中には、こうした思考停止や根拠のない断定が多く見かけられる。そういう精神性は戦争をする精神性である。戦後のヒューマニズムは国家ではなく個人に焦点を当ててその人格を重んじることにあったのに、21世紀になってから個人を無視して国家と国民を同列に断じる議論が増えていることは、悲劇の到来を予感させる恐ろしい現象である。

 本作品は国家という共同体に属することで受けられる法律的な恩恵について改めて知らしめてくれる。そして国家が犯した戦争という犯罪の犠牲者となった人々が未だに数多く存在していて、彼らにとっては戦後はまだ終わっていないのだという事実も教えてくれる。
 フィリピンの残留日本人、中国の残留孤児。いずれも戦争の犠牲者である。彼らを救わなければならないのは本来は戦争犯罪を犯した日本という国家である。その国民である我々は過去の日本人が犯した過ちを反省し、自らの税金を使って、その後始末をする義務がある。しかしそれを実践しているのが行政組織としての国家ではなく、民間団体だというところに問題があるのだ。本来は国の行政サービスの一環として実践しなければならないソリューションの筈だ。

 人は人を差別する。言語や文化の違いで差別し、出自や血統で差別する。フィリピンの残留日本人や中国残留孤児は、現地にあっては出自や血統で差別され、日本に来ては言語や文化の違いで差別される。差別する側は、異質なものを危険とみなし、自分たちの安全や権利を守ろうとするのかもしれない。親しんだもの=善で、未知のもの=悪という単純な精神性だが、単純だけに容易にはなくせない。
 グローバリズムが進んで文化交流も盛んになり、東京にいれば世界中の料理が食べられる。タイ料理が好きな人は身の回りにもたくさんいる。しかしタイ人が好きだという話はあまり聞かない。タイ料理は馴染みがあるが、タイ人には馴染みがないからだ。それでも積極的にタイと交流した人の中にはタイ人と結婚する人もいるだろう。属する国家とは無関係に個人を受け入れることが文化面でのグローバリズムである。それには寛容な心が必要だ。

 本作品は個人が人間らしく生きる権利を守ろうとする人々の話である。国家などなければそれに越したことはないが、国家が個人のアイデンティティを保証するシステムになっている以上、そのシステムを利用するしかない。そのシステムがすなわち法である。法によって人権を蹂躙してきた日本が、戦後の反省を礎にして、今度は法によって人権を守らなければならない。しかし現在の権力はそれを十分に行なっているとは言えない。河合弁護士の戦いはこれからも続くだろう。御年76歳。健康に気をつけてこれからも頑張ってください。

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耶馬英彦
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