「堂々たるジュディ・デンチ主演映画」ジョーンの秘密 しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
堂々たるジュディ・デンチ主演映画
主人公ジョーンがスパイ活動をした理由が独りよがりだとか、その行動が核戦争の抑止力となったのかどうか、とか、本作の主題としては中心にはない領域に言及するレビューが散見され、残念である。
本作のラストシーンを思い出されたい。
老いたジョーンの横に息子が立ち、彼女は息子の手をそっと握る。そして、アップになるジョーンの控えめだが幸せそうな笑顔。
そもそも、本作の早い段階で、ジョーンが息子に対して「自分の弁護を引き受けて欲しい」と頼むシーンが出てきている。
本作の縦糸は、母と子の関係にあるのだ。
では、このモチーフは何につながるのか?
ジョーンは原子爆弾の技術をソ連に渡したわけだが、その行為が許されるかどうかといったことは、どうでもいいことだ。
作中、ジョーン自身も言っている通り、それは歴史が判断することである。
本作のテーマは「そこ」ではなく、ジョーンの愛である。
ただ男と女が愛し合う、それだけでも大変な時代だった。
対比されるのはソ連のスパイだったレオとソニアである。子どもまでいたのに、最後、妻は夫を殺す(または自殺幇助か?)ことにまでなった。時代の悲劇である(レオの死はソニアの嫉妬が原因である、という解釈も成立し得る。そう考えると、本作の本質が、スパイよりもジョーンの愛に置かれているということがより鮮明に見えてくる)。
そのような時代を背景に、ジョーンは夫を愛し、愛され、そして危険を冒しながらも賭けに出て未来をつかみ取った。
だから、亡き夫が遺した息子が、彼女の味方であることが、売国奴と呼ばれることなんかよりもジョーンにとって決定的に大事なのである。
ゆえに本作は、あのラストシーンで幕を下ろすのだ。
もちろん、劇中では過去のシーンに多くの時間を割いている。
しかし、ただ、あの時代のスパイ行為を描く映画であるなら、早々に息子が登場する意味はない。
第二次世界大戦直後の、大国同士の核兵器開発レースというスケールの大きな話を見せながら、実は1人の女性が選んだ愛を巡る話と、愛した夫が残した息子との関係性という、もう1つのテーマを徐々に描いて、ラストに、後者のテーマが前面に現れてくるという鮮やかさには拍手を送りたい。
そして、ここでアップで映し出される年老いた母親としてのジョーンの笑顔。
そう、確かにこれは見事な、そして堂々たるジュディ・デンチの「主演映画」なのである。
いきなり逮捕のシーンから始まるスタート。過去の回想シークエンスも、窓からソニアが入ってくるシーンから始まり、緩急が効いていて飽きさせない。
何より、男性とのあいだで揺れ動く若きジョーン演じるソフィー・クックソンが収穫。ソニアの家に忍び込んだり、海外視察でも活躍する活動的で聡明な女性を魅力的に演じている。
完成度の高い佳作である。
なお、原題はRED JOAN。
ラスト近くでジョーンを囲むマスコミが「RED JOAN !」と叫ぶシーンがあるが、このREDは、もちろん「社会主義者」という意味。しかし、実はREDには「大英帝国」という意味もあるのが面白い。また、「怒れるジョーン」とも解釈可能で奥行きのあるタイトルである。