「母親がすべての世界。」MOTHER マザー ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
母親がすべての世界。
長澤まさみの新境地ともいえる鬼母に挑んでいる今作だが、
やはりどこまでもその美しさや品やかさが失われていない。
どんなに汚してもホームレスには見えないし、鬼たる部分
の表情が優しすぎる。引き換え、半笑いで妊娠中の彼女に
殴る蹴るを繰り返す阿部サダヲの狂気はすさまじい。嫌な
役回りを存分に楽しむかの如く家族をどん底に突き落とし、
金を無心するホスト男を醜演している。息子役の奥平君を
含め皆役作りが巧く、それだけにナゼ?という部分が残る。
実際の事件に着想を得たセミドキュメンタリー的な作りは
リアルに映るが、物語として観るとやや希薄で、鬼母誕生
までの軌跡が明かされないため、ではどのようにこういう
人格と依存性が齎されたのかが見えてこない。冒頭で家族
を脅し金を無心する娘を諫める母親からの愛情欠如なのか、
だから父親がああなのか、妹はしっかり育っているのにと、
頭中を考えが巡り始めるが、話はトコトン地獄へ突き進む
母子に絞られて描かれてゆく。まったく共感できない母親
を体当たりで演じている長澤まさみは、とにかく働かない。
息子に仕事も盗みも終いには殺人まで乞うような鬼母だが、
なぜか我が子を殴ったり、暴力には訴えない。依存と強要
を繰り返し、出逢った男を次々と翻弄する。真面目で親切
な人間を喰い物にする女の衝動は、今自分がラクをしたい
本能と、自らを喰い物にするホストへの貢金というまるで
一貫性のないゲームを繰り返すばかりで、当の息子ですら
それにはハッキリと気付いている。だけど、抜け出せない。
母親から離れられない。これは、彼女が憎みながら頼って
きた自身の母親との関係性にも繋がる。離れればいいのに、
捨てればいいのに、そこに依存し続けている悲劇がこれだ。
過去に縁を切ったとはいえ、可愛い孫の来訪に喜んでいる
祖父母を、面前で刺し殺すことができるほどの狂気を息子
に植え付けてしまった鬼母の罪をどうして償わせるべきか。
観客も社会ももっと考えなくてはならない問題を提起する。