コリーニ事件 : 特集
本作が暴いた“真実”が国を激震させた 渾身のミステリー小説が映画化
“新作”を待ち望んでいた観客に強く勧めたい、今を語る上で外せない一作
6月12日から劇場公開されるミステリー「コリーニ事件」は、力強い物語、感情を揺さぶる演出、衝撃的な法のトリック、今日性を持つテーマを携えている――“映画を見る素晴らしさ”を、私たちに改めて教えてくれる作品だ。
そしてこの物語が暴いたのは、国を激震させるほどの“不都合な真実”。鑑賞すれば、スクリーン上で展開される出来事は、現在の日本の諸問題と驚くほど重なることに気がつくだろう。
今を語るうえで、絶対に外すことができない本作。その魅力を語っていこう。
依頼人は、憎悪すべき男だった…謎と人間模様が絡み合う迫真のミステリー
意外な展開、法のトリック、感情揺さぶる結末 衝撃と慟哭が、あなたを包む
まずは物語と、見どころについて言及していく。ミステリーとしても、ヒューマンドラマとしてもレベルが高く、目の肥えたシネフィルでも満足できるはずだ。
[物語] 僕の恩人を殺した男を、僕は弁護する… なぜ事件は起きた? 裁判はどうなる?
舞台は2000年代のドイツ。新米弁護士カスパー・ライネンは、ある殺人事件の国選弁護人に任命される。事件は、30年以上にわたりドイツで模範的な市民として暮らしてきたイタリア人、ファブリツィオ・コリーニが、経済界の大物実業家をベルリンのホテルで殺害したというものだった。
単純な殺人事件のはずだった。しかしライネンは詳細を聞き、茫然自失となる。被害者の実業家ハンス・マイヤーは、ライネンを少年時代から支える恩人だったからだ。
大切な人を殺した男を、弁護しなければならない。複雑な思いを胸に、ライネンは黙秘を決め込み動機も語らないコリーニと向き合うことになる。
なぜマイヤーを殺したのか? 物語の焦点はそこだ。そして、コリーニが唯一語った「あんたに迷惑をかけたくない」という言葉は、何を意味するのか? 事件を深く調べ始めたライネンは、自身の過去、コリーニの生い立ち、ひいてはドイツ史上最大の司法スキャンダルと、想像を超える真実に直面する――。
[特徴] ミステリーとドラマが高度に融合 映画を見る喜びが味わえる、確かな作品
コリーニがひどく疲れた様子で「奴は死んだ。最上階のスイートだ」とつぶやく印象的なオープニングの後、画面上で展開されるのは、謎と伏線とスリルに満ちたミステリーだ。
コリーニは、なぜ黙秘を続けるのか? 背後に隠された“ある秘密”とは? 全編に謎解きの醍醐味があり、鑑賞中、心地よい驚きを常に味わうことができる。
そこに、ライネンらが織りなすヒューマンドラマが絡み合う。弁護士としては、コリーニの減刑のため全力を尽くさなければならない。しかし恩人であるマイヤーを殺した男を、果たして許すことができるのか。
執念のすえにライネンがたどり着いた“コリーニの過去”とは。すべての“点と点”がつながった時、物語は意外な展開を見せる――ミステリーとドラマが交錯し、驚きと感動が胸に流れ込んでくる。
本作に特別な派手さはない。しかし(だからこそと言うべきか)、そのクオリティに誤魔化しはなく、まさに質実剛健。重厚な物語を味わう喜びがあり、サプライズに全身の肌が粟立つのを感じる。鑑賞後は、満ち足りた気分に浸ることができるだろう。
原作は、現役弁護士が放った渾身の長編小説 暴いた“衝撃の真実”は、実際に“法務省”を動かした
現在の日本の問題点とも重なるテーマは必見
本作の物語と特徴は説明したが、本項目ではさらに、特に重要なポイントである“原作”について紹介していく。
[原作] 現役弁護士が“法の落とし穴”を暴いたベストセラー小説
現役の刑事事件弁護士である作家フェルディナント・フォン・シーラッハの同名小説が原作。シーラッハはデビュー作「犯罪」がドイツ国内外でベストセラーとなり、文学賞“クライスト賞”(日本の芥川賞に近いが、選考方法は異なる)を受賞。そして初長編「コリーニ事件」は、日本でも「このミステリーがすごい!」「ミステリーが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」などのランキングで上位を獲得した。
シーラッハは、自らが弁護を担当した事件をベースに物語を構成する作風で知られている。「コリーニ事件」では、作中でドイツの法律が抱える衝撃的な真実=“法の重大な落とし穴”を暴露し、同国内で大きな議論を巻き起こした。
これがきっかけとなり、出版後の2012年にはドイツ連邦法務省が省内に、自国の過去を再検討するための“調査委員会”を設立。まさに小説が、国家を揺るがす事態を引き起こしたのだ。
[テーマ] ドイツ史上最大の司法スキャンダル…現在の日本の“騒動”と似ている?
描かれる法の重大な落とし穴とは何なのか。ネタバレになるため詳述できないが、ひとつ言えるのは「本作のテーマのひとつは、ドイツ史上最大の司法スキャンダル」ということだ。
その司法スキャンダルは、現在の日本の法律をめぐる諸問題(例えば憲法改正や検察庁法改正案などの議論)と重なる部分が、大いにあると感じられる。本作を引き合いに、日本の問題点に切り込むことができるほどに。
だからこそ、今、この時代にこの映画を見る価値がある。その意味で、本作は「“今”を語る上で外せない一作」なのだ。
【本作鑑賞のための手引き】
キャラクター一覧と、事前に知っておくべき2つの要素
正直なところ、キャラクター設定や人物の相関図に少々複雑な向きがある。そこで、本項目では鑑賞のための手引きとして、キャラ紹介を用意した。加えて、ここまで読んでくれた読者のために、事前に理解を深めておけば物語をより楽しめる、2つの事柄を説明していく。
[主人公] カスパー・ライネン
3カ月前に弁護士になったばかりの新米。トルコ人の母とドイツ人の父を持つが、父は2歳のころに母を捨て出ていった。マイヤーと出会ったのは、夢も希望もなかった少年時代。 “育ての父親”として慕う彼のおかげで、弁護士としての未来を手に入れることができた。
演じるのは、「ピエロがお前を嘲笑う」などで知られるエリアス・ムバレク。ドイツを代表するスターの1人だ。もともとシーラッハの原作の大ファンであり、「彼の作品は全部読んでいる」という。
[被害者/恩人] ハンス・マイヤー
大企業「マイヤー機械工業」のオーナーであり、事件の被害者。拳銃で頭を3発撃たれ殺害されたのち、さらに顔面を何度も踏みつけられていた。
見返りを求めず人を愛し、子どものようにクラシックカーが好きで、誰からも尊敬される人物だった。なぜ、彼は殺されたのか?
[被告人] ファブリツィオ・コリーニ
ドイツで模範的に暮らすイタリア人で、事件の被告人。黙秘を続けており、事件前後の行動や動機など一切が不明。弁護を担当するライネンと面会しても、一言も発さずその場を後にした。なぜ彼は、マイヤーを殺したのか?
演じるのはフランコ・ネロ。キャリア初期は会計士として働きながら芝居に打ち込み、「続・荒野の用心棒」などマカロニ・ウエスタンで活躍し国際的な成功を手にした。近年は「ジョン・ウィック チャプター2」のジュリアス役に扮したイタリアの名優が、謎めいたコリーニを奥深く体現した。
[元恋人/マイヤーの孫] ヨハナ・マイヤー
マイヤーの孫であり、かつてライネンと恋仲だった女性。事件を通じて再会し、被害者遺族として法廷にも立ち会う。ライネンに発した「あの男の弁護をするの? 人でなし……」という言葉は、彼に長く続く葛藤を強いることになる。
演じるのは、「ヒトラー 最期の12日間」のヒトラーの秘書役や、「コッポラの胡蝶の夢」「ラッシュ プライドと友情」「ジオストーム」など幅広く活躍するアレクサンドラ・マリア・ララ。
[難敵/公訴参加代理人] リヒャルト・マッティンガー
ライネンの師匠筋にあたる、伝説的な刑事弁護士。本事件の法廷には、公訴参加代理人(被害者遺族側につく弁護人)として参加し、ライネンと対峙。舌鋒鋭くコリーニを追い詰めていく。
[知っておくべき要素①] 国選弁護人
刑事訴訟手続において、被疑者・被告人が私選弁護人を選任できないときに、国が費用を負担し選任する弁護人のこと。多くの作品で、国選弁護人は「能力も低ければ志も低い」といった人物として描かれるが、本作の描写は全く異なる。
[知っておくべき要素②] 武装親衛隊
1933~45年に、ドイツに設けられていた武装部隊。構成員はアドルフ・ヒトラーの優生思想やナチズムに基づき選出され、ヒトラーを護衛することを主な目的としていた。つまり、ナチスのなかでもひときわ政治的イデオロギーの強い組織であった。
劇中のある局面でこの単語が登場する。その時、スクリーン上で起こる“ざわめき”は半端ではなかった。