コリーニ事件のレビュー・感想・評価
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悲しく、切なく…でも力強い
親同然に育ててくれた恩人が殺された事件の
犯人の弁護を託された弁護士が、様々な葛藤を
抱きながら、職務を遂行し、
真実を追求するストーリー。
こういった表現は妥当でないと
思いますが、今まで見てきた戦争の
報道写真や記録や映画より、
戦争の惨さを痛烈に感じました。
元は小説でフィクションかもしれないけれど、
惨さだけではなく、戦後の誤ちにまで踏み込んだ、
この作品に、そして映画化すれば全世界の
人の目に触れる事になり、本来なら隠して
おきたい負をきちんと表現できるドイツという
お国柄に感服しました。
戦争ならばどこにでも起こり得る事で、
単なる個人の一件ではなく、
そこからきちんと向き合い、国家の
誤ちを認め、前進する姿は、
見習うべきとも感じさせられました。
悲し過ぎるストーリーの
悲しい結末でしたが、
不思議と救われた思いを感じました。
戦争だけではなく、生き方さえも
考えさせてくれる秀作だと思います。
鑑賞しようかどうしようか
迷われている方がみえたら、
ぜひ映画館に足を運んでいただきたいと思います。
それぞれの正義
ドイツ国家を揺るがした作品。
経済界の大物を殺害した殺人犯コリーニは、事実を認めるもその動機を頑なに語らない。
国選弁護人カスパー・ライネンは、不利な状況の中、動機となる真実を探り出し、戦後ドイツが隠し続けていた、ドイツ史上最大の司法スキャンダルが発覚することとなる。
ベストセラー小説の映画化ですが、事実だと思われるほど衝撃を受けました。
戦争はまだ終わっていない。
結末は放置ですか...
ドイツで刑事事件裁判を扱う現役弁護士フェルディナント・フォン・シーラッハによる2011年に発表された、長編小説をベースとして、映画化した作品である。
シーラッハの作品は、実際に自分が扱った事件をベースとした作品を執筆していたが、今作はフィクション作品ではあるが、シーラッハの祖父の存在が影響した作品ともいえるだろう。
フィクションではあるが、実際に存在するドレーアー法の落とし穴や矛盾点、ドイツが抱える戦争による負の遺産などデリケートな部分にメスを入れた作品となっており、国家を揺るがした小説ともいわれているほどだ。
3カ月前に弁護士になったばかりの主人公ライネンが、初めて担当した事件がよりによって、自分の恩人で親代わりでもあったハンス・マイヤーを銃殺したファブリツィオ・コリーニの弁護。ハンスの孫であるヨハナ・マイヤーは昔の彼女、敵は恩師でベテラン弁護士リヒャルト・マッティンガーという単純にドラマとして見ごたえのある設定が目を惹く作品ではある。
原作では、主人公がそれなりの生活レベルが高い設定とされていたが、映画では、庶民的に変更されている。この変更によって、キャラクターに親近感はわくようにはなったのが、失ってしまった部分もある。それは、権力に対抗することでエリートであるライネンがどん底に落ちかねないという、ライネン自身の弁護士生命に対しての危機感が中和されてしまったのだ。
フェルディナント・フォン・シーラッハの作風として、入り口がおもしろく、読者の心をつかむ作品は多いのだが、扱っているテーマが社会において答えが出しづらい、判断を決める側の価値観が大きく影響するものが多いため、結末があやふやな場合がある。
例えば2016年に出版された『テロ』という小説がある。ドイツ上空で旅客機がテロリストによってハイジャックされた。犯人はサッカースタジアムに墜落させることで7万人の観客を殺害しようとしていたのだが、それを緊急発進した空軍少佐が独断で旅客機を撃墜し阻止した。スタジアムの観客7万人は救えたが乗客164人は殺害してしまったことを法廷で裁くという問題作だ。
しかし、この作品には2通りの結末が用意されている。斬新かと思うかもしれないが、これは好き嫌いが別れる部分だと思う。
答えの出ない、読者の概念や価値観で解釈が大きく左右されるような題材のため、最終的に投げかけて逃げてしまうパターンが多いのだ。
今作はその象徴的ともいえる作品と言っていいかもしれない。そのため、今作も悪い意味でもシーラッハ作風が出てしまっていて、結末は納得できない人も多いのではないたろうか。
戦争が終わった今でも、家族や恋人、大切な人を殺された人にとっては、何時までも戦争は終わらない。敵も味方も関係なく、戦争という渦に巻き込まれた人は十字架を背負って生きていくしかないという国が作ってしまった不の遺産を司法としてどう扱うべきかという部分にメスを入れている。
今作に関しては、被害者が殺されてしまっているだけに、コリーニ側の一方的見解が果たして正しいかが不明な部分があるし、コリーニは頑なに口を開こうとはしていなかった点で言うと、これはコリーニ自身が殺人はいけないことだと分かっていて、ハンスにも家族がいるとも知っていて、それでしてしまった自分は裁かれるべきだと思っていたからだと思うのだが、それなら殺害した時点で自決したらよかったと思う。(あくまで結末の展開を考慮すると)
法律の落とし穴を世間に暴露したい、メディアに流してもらいたいという意図であれば、最初からライネンに協力して事実を話したほうがよかっただけに、コリーニの心境が物語に都合よく左右されているような部分が少し引っかかる
本当に殺害してしまったことで動揺していて、どうしていいのかわからなくなってしまったと言われれば…そうかもしれないが…どうしても設定の背景基盤が薄いようにも感じられてしまう。
また、劇中でも少しだけ語られるのだが、戦争というものが残した不の遺産と、戦争という極限の状況下において、逆らえば殺される状況で下した決断に対して、個人を裁くこと自体も正しいのかという問題もある。
2015年の映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』は、ユダヤ系アメリカ人のスタンレー・ミルグラム博士が「人はなぜ権威へ服従をしてしまうのかある状況下において、人はどこまで非情に残酷になれてしまうのか」という実験をして物議を呼んだ事実を描いたものであった。
シーラッハの祖父は、実はナチ党全国青少年最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハ ということで、ハンスのモデルはシーラッハの祖父そのものの様にも感じられる。戦争が壊した、ハンスの人間性の本質という部分でも、大切に描いてもよかったのではないだろうか。
ドレーアー法、司法の落とし穴の部分にメスを入れた上で、下される決断を映画ならではの解釈で描いてほしかった。
驚愕の真実
ドイツの現役弁護士作家のミステリー小説を、社会派サスペンスドラマとして映画化したドイツ映画。
ミステリーとドラマの融合で、だんだん引き込まれ、その展開に驚愕し、涙してしまう。
ベルリンのホテルで、67歳のイタリア人コリーニが、経済界の大物実業家を殺害するシーンで幕が開く。
この事件の国選弁護人を担当することになった、新米弁護士のライネン。
被害者はライネンの少年時代の恩人だった。被告人は動機について一切口を閉ざす。ライネンはその何故?という疑問の真実を知るために諦めない。
調査を続けるうちに、戦後ドイツの不都合な真実の歴史、衝撃の法のトリックでドイツ史上最大の司法スキャンダル、そして真実を暴き、国を激震させた衝撃の真実と向き合うことになる。
驚愕すべき法の落とし穴を見事に暴き鑑賞後は満ち足りた気分になった。
ワルサーP38と聞いてルパンを思い浮かべました。
長編国際ドラマ🇩🇪🇮🇹
自国の犯した罪を反芻するが如きドイツ映画
救われたような気がした
展開が非常に面白くて、様々な問題提起もある意欲的な作品である。台詞よりも表情で語らせる説明的でない演出もいいし、それに応える役者陣の演技も優れている。特にファブリツィオ・コリーニを演じたフランコ・ネロの存在感は凄い。新米弁護士が主役でともすれば法律談義の映画になってしまいそうなところを、この人の存在感で人間ドラマの範疇にとどまらせている。
ドイツではナチスを生んでしまったことに対する賛否両論がいまでも続いている。未鑑賞だが最近公開された映画「お名前はアドルフ?」は、生れてくる赤ん坊の名前のことで家族や友人が大論争を始める内容らしい。実際のドイツでも、他のどんな名前でもいいから赤ん坊にアドルフと名付けるのだけはよせと言う人は多いと思う。つまりそれだけナチスに対する反省が続いているということだ。対して日本では、松岡洋右や東条英機の名前さえ知らない人が当方の周囲でも結構いる。主に若者だが、本人の問題というよりも教育の問題だろう。
日本の高等学校までの歴史教育では近代史をほとんど教えない。だから戦争時の大本営発表に国民が沸き立ったことも、マスコミが軍と一緒になって嘘の勝利を報道し続けたことも知らない人が多い。南京大虐殺や従軍慰安婦問題などはまったく教えない。関東軍が中国で何をしたのか、大人になって映画を観るまで知らなかった。
文科省は日本の近代の戦争を教えることに消極的だが、日本の映画界の人々は積極的に戦争の本質を追求する。当方が観ただけでも、鑑賞が新しい順で紹介すると「この世界のさらにいくつもの片隅に」「日本鬼子(リーベンクイズ)」「アルキメデスの大戦」「東京裁判」「沖縄スパイ戦史」などがある。少し前だが「日本のいちばん長い日」「小さいおうち」「少年H」「一枚のハガキ」なども観た。
それぞれに視点も見方も異なるが、戦争を美化することなく正面から受け止める姿勢は共通している。映画人の戦争にかかわる世界観は、文科省のそれとは一線を画しているのだ。邦画の戦争映画の多くは戦争がどのようにして起き、人々がどのように苦しんだのかを目の当たりにさせてくれる。歴史の教科書を開く前に、中学生、高校生には戦争映画を観てもらいたい。
本作品の主人公カスパー・ライネン弁護士を取り巻く人間関係は、ストーリーの展開とともに少しずつ明らかになる。小声の台詞で明らかにされる過去もあり、注意深く鑑賞しなければならない。
物語の主眼はライネン弁護士が被告の過去を探り、その人生の真実に迫るところにある。被告が殺したことは明らかだが、動機がわからない。真相に迫るにつれて、もはや罪の軽重を争うことよりも、過去の真実を追及することがライネン弁護士の仕事となる。罪の軽重ではなく被告の人間としての尊厳を守るためだ。
ドイツに限らず、法定では当事者の素行が容赦なく暴露され、人格が攻撃される。それは被告や原告の利益のためである。しかし本当に大事なのは、当事者の尊厳が守られることである。名誉や虚栄ではなく人間としての尊厳。そこがこれまでの法廷映画とはまったく異なる、本作品独自の世界観である。
三つ子の魂百までというが、人は幼い頃の心の傷を一生背負って生きていく。その忍耐と意志には敬意を表したい。そして誰もが心の傷を負っているのだとしたら、人は他人の人生に敬意を持たねばならない。金持ちでもホームレスでも、その人生に貴賤はない。等しく他人の人生を敬すること、そこに人間の尊厳がある。
法定を通じて無名の人間のささやかな人生にも敬意を表し、人間としての尊厳を重んじる本作品の世界観に、なにかしら救われたような気がした。
1968年、ドイツでいわゆるドレ―アー法が施行され、多くの戦争犯罪者が罪を逃れた。
ドイツでしか作れない映画
ソリッドで重たいけれど、テンポ良く観られた
無抵抗の相手の顔に三発の銃弾を撃ちこんだ上に、その顔を激しく踏み付けるという殺人犯の、国選弁護人をすることになった新人弁護士が、苦戦しながら真実を解き明かそうとする話。おまけに、被害者は、主人公にとって、育ての親とも言える存在だった。
オープニングの映像と重々しい音楽が象徴的な、全編通して "ソリッド" な映画。
容疑者の男の完全黙秘で何の手掛かりもないまま、無力感と焦燥感に支配される前半と、主人公がふともらした "自分と不仲な父との話" を聞いた容疑者が呟いた一言をきっかけに、気持ちよい速度で糸が解れていく後半。
観ている我々には終盤にならないと謎は解けないのだが、容疑者の一言を手掛かりにして、主人公が手ごたえを感じ始めることだけは、テンポよく伝わってくる。
主人公は、人手が必要なため、 2才の時に出て行ってしまった父親にやむなく協力を頼むのだが、それに伴う会話の中で進む緩やかな和解も、そっと作品を支えている感じ。
法律まで含めた本作の内容は、原作となった小説のヒットをきっかけに、2012年にドイツ連邦法務省が省内に調査委員会を立ち上げたほど、限りなく重たい。
犯人の気持ちは痛いほど解き明かされるし、被害者の家族の言葉も切実に届く。犯人は、どうすることが正しかったのか、今でもわからない。終盤で容疑者が呟く、「死者は報復を望まない」が、結末を予兆させる言葉だったのか。
そんな、限りなく重たい映画だが、前半後半の語り口の違いが際だっているため、気持ちよく観ていられる。
どんな結末になるのかは、是非劇場で観てください。
観るべき映画だと思うし、ちゃんと楽しめる点はすごいと思う。
ドイツにおける、トルコ系ドイツ人の扱いもよくわかりますよ。
おまけ
「被害者は、181cm.93kg.93歳」ドイツ人、さすがにでかいですね〜
原作既読者を失望させない良作
ドイツでのナチスの感じが分かった。
法で罪を量れるか
たった数行の文言が、人を有罪にも無罪にもする…
若き新米弁護士のカスパーが弁護する被告人、コリーニは、かつての恩人を殺害した人物だった。
自分の恩人を殺害した人物を弁護しなければならないジレンマに苦しみつつも、その苦しみのなかで本当の弁護士の顔になっていく。法の厳しさと意義、そしてカスパーの成長の物語。
被告人コリーニが黙秘を貫く中、上記の理由からモチベーションの上がらないカスパー。
それでも、ある人物のアドバイスをきっかけに、仲間たちと真実を見つけ出していき、それに応えるようにコリーニにも変化が…
恩人や愛する人を向こうに回し闘わなくてはならないカスパー。色んな意味で有能な相手弁護士の教授。
その法廷で争う教授こそも、弁護士として吹っ切れるきっかけを与えてくれた人物だということもね。。
コリーニの変化や、ワイルドなピザ屋姉ちゃん、疎遠だった父親、戦争犯罪人の真実、だんだんと笑わなくなってくる法廷内…登場人物や映画のつくりが皆自分好みで非常に楽しめた。
もうちょっと、自分の父親との話を掘り下げても良かったかもだけど。
人を殺してはいけないけど、コリーニがそれをしなければ結局法律も…どうなっていたか。
不勉強な自分も、昔は、罪人の罪を軽くするために奮闘するなんて…と思ったこともあったけど、改めて弁護士という仕事が大切であり、難しいものだと気づかされた。
法のちょっとした表現ひとつで事が大きく変わってしまうことに驚いたこと、また、最後には私情ではなく弁護士としての姿勢を全うしたカスパーの姿に、胸が熱くなった傑作だった。
骨太。
一般的に、歴史は風化するという。視覚的なイメージで言えば、75年前に75センチあったY軸の高さが、年月とともに右肩下がりのロングテールな放物線を描きゼロに限りなく近づくように。しかしそれは主観の問題だ。本作品の被疑者の場合、真反対である。おそらくその怨念は時の流れと共にじわじわボコボコと発酵し、真っ当な訴えが悪法に阻まれることでマグマのように煮えたぎり、止める肉親を失うと原発事故のように臨界点を超えた。
歴史を風化させないためには、否、意図的に風化させられつつある歴史を再プリントしてアルバムに貼り直すためには、類い稀なモチベーションと正義感を持ち合わせたプロフェッショナルの力が不可欠だ。そういう意味では本作品内の弁護士がドイツ社会においてトルコ移民の血を引くマイノリティーであることは象徴的だ。もちろん、わが国もハイブリッド社会であってほしいと思う。
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