「T・マリック監督の正統後継とも呼びたいシュルツ監督の傑作。乗り物酔いしやすい人は(前半部のみ)ちょっと注意。」WAVES ウェイブス yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
T・マリック監督の正統後継とも呼びたいシュルツ監督の傑作。乗り物酔いしやすい人は(前半部のみ)ちょっと注意。
冒頭、自転車を漕いだ女性が並木通りを疾走する後ろ姿を、やや逆光気味に捉えた映像。陽光のまぶしさだけでなく、陰に沈んだ部分すらも豊穣さに満ちています。これほど美しく世界を捉える映像作家は、一人を除いて知りません。その一人とは、つい最近も『名もなき生涯』(2020)が公開されたばかりのテレンス・マリック監督です。
物語は、色彩に満ち、時に不安定に映像が疾走する前半部と、対して絵画のように静的で、穏やかに沈んだ色調の場面が積み重なる後半部の、大きく二つのパートで成り立っています。人物の心情は台詞よりもむしろ、計算された色彩表現や、もちろん多くのアーティストによる曲によって雄弁に語られます。人物の心境と共振すると同時に、音楽も心に染み込んでくるという、まさに「プレイリスト映画」。
トレイ・エドワード・シュルツ監督の31歳という若さももちろんですが、20代の頃にマリック監督の撮影補助として働いていたという経歴には驚かされました。敬愛する監督に強い影響を受けつつ、何とか自分なりの映画表現を確立しようとした成果が本作とのこと。導入部を含め、多くの場面でマリック作品を想起させるのは当然のことだったんだ、と納得しました。まさか、一時は忘れ去られそうになったマリック監督の、正統な後継者の作品を劇場で体験する日が来ようとは、としみじみ。
シュルツ監督の体験、個人的な音楽の趣向を遠慮なく作品に取り込んでいることが、作品の瑞々しさの一因となっていることは間違いありません。それと同時に、例えば後半の父と娘の会話場面が、明らかに小津安二郎の影響をうかがわせたり、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』との共通性を感じさせるテーマ設定など、古今東西の映画作品の取り込み方、敬意の表し方には、「老練」さすらも感じさせます。
本当は★10くらい付けたいところだけど、前半部のカメラの揺れ、横移動に慣れずに画面酔いを起こしかけたという、非常に手前勝手な理由で現在の星数になりました(中盤以降は全く問題なし)。乗り物酔いしやすい人は少し注意した方が良いかも。
映像と音楽に包まれる、得がたい体験ができる作品には間違いありません。ただRotten Tomatoesなどの海外批評サイトでは、絶賛と言うよりもやや落ち着いた評価なところが意外!