「見えないものを見ようとして 流れ星を探したお話」星の子 わたろーさんの映画レビュー(感想・評価)
見えないものを見ようとして 流れ星を探したお話
セリフではっきりと説明されないからこそ、噂レベルだからこそ、気持ち悪い。否応なしにも考えさせられる、余白の多い作品でした。
結局主人公は、怪しげな団体についてどのようなスタンスなのかすらも解釈が様々ありそう。未熟児で産まれ、身体が弱かったが、神聖な水を使用するとみるみる元気になっていったという事実だけははっきりと日記で示されている。 実際にそれから主人公も主人公の両親も風邪を引いていない(らしい)という事実もはっきりとある。
でも果たして効果はあるの?と、盲目的に信じるのではなく懐疑的になっていく。先に懐疑的になった姉は、実質「家族と縁を切る」という選択をしていて…果たして主人公はどうするのか、友達との関わり、叔父との関わり、恋する男教師との関わりから揺さぶられていくという、"思春期映画"とはまた一線を画す内容でした。
最後の主人公と家族が流れ星を見るというシーンで、自分は、家族と一緒に怪しい団体に今後も巻き込まれていくということを主人公が受け入れるというバッドエンド(個人的な捉え方では)と解釈しました。
このシーンは、怪しげな団体のセミナー?交流会?で同じ施設に宿泊しています。主人公は今までとは違い両親と別の部屋に宿泊することになっています。セリフでは「両親と乗るバスが違ったから」と言ってましたが、その前に叔父夫婦から『高校から今の家族と離れて過ごそう』と提案するシーンがあり、きっと叔父夫婦は主人公の両親にも同様の提案をしているので、ある意味「家族と離れて暮らすお試し期間」だったんでしょう(修学旅行の代金もお金がないことを名目に叔父夫婦に払わせているが、お金は怪しげな団体につっこんでるだけっぽい)。
同じ施設内にいて「両親が主人公を探している」のに探しても会えなかったり、主人公には見えている流れ星が両親には見えていなかったり(見えないふりをしたのかもしれません)、結局両親と主人公はすれ違い続けます。団体に対するスタンスも明確に違います。
それでも主人公にとっては「家族」が優先なんだなと思わされるのが、同じ施設内でなかなか会えないときの酷い動揺と、劇中主人公が拘るかのように使う『婚約』『結婚』という言葉に現れてるのかなと思いました。家族の定義すらも目では見えないんですけども。周りからどんな目で見られようが、あの姿こそが私の父親であり母親であると、これからも彼女は事あるごとに伝えていくんでしょう。何と悲しく恐ろしいことかと第三者的には思いますが、当事者からしたら至極どうでも良いこと。ただ、盲目→懐疑的になったことが主人公の成長だと思いました。
正直、見終わったあと『全くわからなかった』というのが1番の感想だったけれど、『あの噂ってどこまでが本当だったんだろうか』とか『結局主人公はこの後どうなるんだろうか』とか、語られないことが多く、でも語られない噂レベルの事こそが怖いなっていう気持ち悪さが、この映画の本質であり、魅力だと、これからも余韻が楽しめそうな作品でした。
芦田さんの教師に「嘘だけど」という前に置く一呼吸だけでも入場料金のもとが取れる素晴らしい作品です。