劇場公開日 2021年10月30日

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「真の主役は」老後の資金がありません! keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5真の主役は

2021年11月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

笑える

楽しい

『老後の資金がありません!』(2020年)

タイトル通り、そして謳い文句通りに、リタイア後の生活資金確保に難儀して、次々とハプニングとドタバタが起こりまくるドラマです。とかく“金”にまつわる話は、描き方しだいで社会ドラマになれば、サスペンスにもなり、そしてコメディにもなります。

本来なら、高齢化が急速に進む日本の社会構造の暗部を鋭く抉り出す、ドキュメンタリー映画にも仕立てられる重く深刻なテーマを、過剰なほど軽妙に描いて笑い飛ばすセンスを称えたいと思います。
スローモーション映像の多用は大いにその効果を高めています。金に右往左往する話ゆえに、コメディタッチの演出とはいえ、リアルに演じさせると話が益々深刻で陰鬱になる処を、スローモーションを効果的に挿入することで現実感を薄め、作り物感を高めています。
また、アクションもロマンスもない本作は、基本的に人物間の会話劇ですが、ともかく登場人物が、天海祐希演じる主人公を含め悉く見事に怪しく嘘っぽい、つまり個性的でどこか弾けています。唯一、松重豊演じる主人公の夫のみが、世の中のどこにでもいる人、換言すると存在感のない人ですが、それゆえに個性溢れる登場人物の潤滑剤的役割を果たし、本作が過激に推移するのを程好く抑制する役どころを果たします。多分、世の中の多数派である事なかれ主義者の彼の目線が、本作のカメラ目線の主体になっていると思います。
会話や所作ごとにドタバタ劇が展開しながらも、映像自体は落ち着いて観られたのも、カメラが常識人視点で冷静に捉えていたからでしょう。

会話劇形式で、主人公の自宅中心に展開するゆえに、本来は舞台劇に相応しいスジといえます。舞台劇的なコメディですが、吉本新喜劇のような爆笑を連鎖させるのではなく、一つ一つの所作や会話に思わず失笑することを繰り返す、どちらかというと松竹新喜劇の世界といえます。
終始笑わせ、要所でしんみりと泣かせ、手に汗握らせる、そして観終えた後の心の中に、ほっこりする暖かさを埋め込んでくれる、人情喜劇です。

虚構を描いて、観客に夢と希望を与えるのが映画だとすると、本作は将に典型的映画と言えるでしょう。ただエンディングは、円満に明朗に幕引きするための、やや強引で違和感が残りました。そこでハタと気付いたことは、この作品が提起した、本来深刻な国家的命題の答えは、予告映像では浪費家で世間知らずとされている、草笛光子が奔放に演じた主人公の義母の生き方にあることを、前田哲監督は言いたかったのではないかということです。
実は、本作の真の主人公は天海祐希ではなく、草笛光子であったようです。

keithKH