リチャード・ジュエルのレビュー・感想・評価
全293件中、221~240件目を表示
90歳の巨匠が現代社会に一石を投じる! 今だ衰えを知らぬ制作意欲に感涙。。。
今年は早くも 「パラサイト」 一択かな~と思いきや、ところがどっこい巨匠健在 !!
正直、 昨年の「運び屋」が名作すぎたばっかりに、「運び屋」はある意味でイーストウッドの集大成かな・・・なんて勝手に想像してたのだが、いい意味で、本当にいい意味で裏切られた思いだ。明らかに名作ですわ。
今年が90の大台ですか。この歳になっても、毎年毎年コンスタントに名作を発表し続けられるのって、クリエーターとして本当にすごいことだと思う。 ( 生涯15万点近くの作品を残した多作の巨匠ピカソは91歳で無くなるまでの晩年、毎日日記をつけるかのごとく作品を作り続けたって聞いたことがあるけど、老いてなお衰えることを知らない製作意欲の源とはこれ如何に? )
ともかくイーストウッドって監督は、映画(そして音楽)をとことんまでに愛しているってことが作品の節々から伝わってくる。 そして作品を観る度に、「人」とその人生を描く監督なんだなーって感じる。 本作しかり、 昨年の「運び屋」しかり、 2018年「パリ行き」、 2016年「ハドソン川」、 2015年「アメリカン・スナイパー」、 2014「ジャージー・ボーイズ」・・・ 。ここ最近は実在の人物をテーマにすることが多いから特に顕著だけど、過去の作品も全部そうだと思う。 (因みに「アメリカンスナイパー(米国内限定公開日)」と「ジャージー・ボーイズ」の公開年は同じ2014年! この名作 2作品が同年内に公開って、どんなバイタリティーだよw)
前置きが長くなったが、本作「リチャード・ジュエル」である。
「ハドソン川」、「パリ行き」、が名も無きヒーローシリーズだとしたら、本作の主人公も「不遇の運命を背負った小市民のヒーロー(おでぶちゃん)」である。(「運び屋」は名も無きダークヒーローってとこか?)
そして一つ気づくのは、本作ではこれまでの「人」と「人生」に加えて、「社会問題」が描かれてるということ。イーストウッドが描く、権力への警鐘、情報化社会に一石を投じるアンチテーゼである。
また話がそれるようだが、ふとカルロスゴーン問題が頭をよぎった。 ゴーン氏がカネの亡者だったかどうかはいったん置いといたとして、この事件における日本の検察制度の問題点についてはほとんどのメディアは大きく取り上げていないように思う。さらに、ソーシャルメディアの時代においては、メリットも多い一方で「世間のムード」が本質を見誤らせる力を助長しかねないのではないか? イーストウッドが描く問題提起を深く噛み締めつつ、名作に涙するのであった。
それから、弁護士役のサム・ロックウェルの名演も見所の一つ。
個人的には、 「リチャード・ジュエル」 ⇒ 「ジョジョ・ラビット」の、サム・ロックウェル二立てだったのだが、スリー・ビルボードでの怪演も記憶に新しい彼の油の乗った名演が光っている。(上記2作品での彼の役どころは両極端であるw)
また、主演の ポール・ウォルター・ハウザーについては本作が初主演とのこと。全然気づかなかったのだが、「ブラック・クランズマン」や「アイ・トーニャ」など最近の話題作にも特徴的な役どころで助演しているのですね。
最後に本作における忘れられがちなテーマをもう一つ。
「 スニッカーズ 」 が繋ぐアメリカ男の硬い友情・・・。
やっぱ、 イーストウッド作品はいいわ~。
名匠!ハズレなし
今回のテーマは自分で選んだものではないらしいが、最近の巨匠の作品のテーマは通じるものがある。
演出は勿論見事で、事件が起こるまでの伏線を丁寧に描いている。人物描写、キャスティング、役者陣の演技も素晴らしく最後まで緊張が持続し鑑賞できた。
女性記者の描き方に賛否あるようだが、どれだけ下調べをしたのかが興味深い。にしてもこの映画のFBIはヤバイ組織だ。目を付けられたら逃げられない。何事もメンツやくだらないプライドが入ると厄介だ。そしてちょっと前までもてはやされたプロファイリングもある程度までならいいが度を越すと冤罪生産手法だ。優秀な弁護士の知り合いも必要だ。
今年の東京2020他人事ではない。変な事起こらなきゃいいけど。
今回はエンターテインメント寄り
優しさや誠実さや愛国心と背中合わせに存在する悪意や欺瞞や狂気。
クリント・イーストウッド監督作品はそんな一見相反する人間の心を、ゆったりとしたドラマで描いてみせる名手。
本作はそんな彼の監督作の中でもドラマチックでエンターテインメントに寄せてあるほうだろう。より多くの観客が堪能できる作品に仕上がっている。
この事件のことは知らなかったし、予備知識もまったく入れずに予告編さえ観ずに観賞した。
私達の周りにも「レーダー」の様な人物は存在する。
正義感が強く、正しいと思うと周りにどう見えようが行動せずにはいられない。それがモトで人間関係の中で敬遠されたり軋轢を産むことさえある。
正直、中盤辺りまで私は彼に感情移入できなかった。
「変わり者」「面倒くさいヤツ」「しゃしゃり出るなよ」「何様のつもり?」「言われたとおりにしろよ」
それどころか、(もちろん事件のシーンを観ているのに)私は「実はホントに彼がやった…ってことはないの?」とさえ。
まさにメディアやFBIがでっち上げた冤罪(だと知っていても)にノセられた人々の一人になっていた。
でも彼の誠実さがとても純粋な思いから発していることが分かって来ると、途端に彼が愛らしく見えてくる。
【ここから少しネタバレ】
ラスト、嫌疑が晴れた通知を受け取った彼は、それでも「これも彼らのやり方じゃないのか?」と、疑うことから逃れられずにいる。
私はここでグッと来てしまった。
当初、自分が疑われていることを感じながらも、アメリカへの忠誠心から全面的に捜査に協力しようとしていた彼。そして捜査官がそれを利用して「でっち上げた罪」を着せようとしていく中で、彼はついに自分の信じていたモノを疑うことを余儀なくされてしまった。
最後に彼が警察官になったシーンで少しホッとしたものの、自分が生きていく中で正義の礎であり心の拠り所であったモノを信じられなくなることの辛さはどんなものだろう。
そういう意味で、私はスクープ欲しさにウラも取らずに記事にしてメディアを先導したあの女性記者の責任は大きい(一番悪辣に感じる描かれ方をしてる)と思うのだが、その割に遅きに失したウラ取りの後、「母親の会見を見て涙」程度の改心では、とてもバランスが取れない様に感じてしまう。
まあ、この監督の作品はいつだってそんな単純な「勧善懲悪」を目指す物語ではないので、それも現実として受け止めるべきなのだろう。
ただ、ちょっとシンプルにカタが付き過ぎた感じを受けてしまったのは正直なところ。
とはいえ、相変わらずの素っ気なさと、本質を突く鋭利さ、そして温かく見守る慈愛を併せ持つ魅力的な映画に仕上がっている。
日本では事前プロモーションも少なく、観客動員も公開館も少ないのはもったいない。
ぜひ劇場へ。
酷い扱い受けた主人公の想い痛感の、人間ドラマにシビれた
観衆を救ったヒーローから一転、容疑者扱いた上変わり者扱いされた主人公の粗探しが凄まじく憤りを覚えた
登場人物それぞれの時点に立ったドラマに深く掘り下げ魅了された、クリント・イーストウッドの手腕に釘づけだった
変わり者扱いされながら、周りに支えられ立ち上がる主人公や母親に拍手を贈りたかった
人と違う面を持っていても、様々な角度から見て相手と理解深め合う重要性込めた、アカデミー賞ノミニー本作を1人でも多くの方に観て欲しい
不幸で幸福な男リチャード・ジュエル
史実は知りませんが、予告から大筋はわかっていましたし、驚くようなどんでん返しもありませんでした。それでも、いい映画だったと思います。正義を守ること、しかもそれを正しい方法で守ることの大切さを教えられた気がします。とくに終盤での母の訴えと、ショウ捜査官に向かって投げかけたリチャード・ジュエルの言葉は本当によかったです。
しかし、全体の8割ぐらいは怒りで体温が上がり、汗ばむほどの時間を過ごしました。思い出しただけでも腹が立ちます。事件関係者を調べるのは当然としても、自分たちが書いたシナリオにそって容疑者を絞り、あまつさえ犯人に仕立て上げるようなFBIのやり方は絶対に許せません。
そして、それ以上に腹が立つのはマスゴミ、もといマスコミ!他紙や他局を出し抜くこと、自身の功名のためにスクープを取ることに血道を上げる姿は、正しいジャーナリズムのあり方とは到底思えません。そこに真実があるかどうかは二の次で、大衆を煽動して英雄気取りの記者やコメンテーターには、心からの憤りを感じます。余談ですが、以前に職場にテレビ取材が入った時も、申込時の取材目的とは全く異なる映像編集を行い、こちらの了承もなく批判的な番組をオンエアされたおかげで、その後の対応にかなり苦慮したことがありました。
人間の行いなので、ミスが生じることもあるでしょう。でも、そのミスのために起きたことを真摯に受け止め、必要な謝罪はすべきだと思います。それと同時に、原因究明と再発防止に努める責任があるはずです。これは個人も企業も国家も同じです。本作では最後にジュエルへの疑いが晴れて本当によかったですが、その状況を生み出した当の責任者のその後についての言及がなく、どうにもスッキリしませんでした。法的にも社会的にも相応の罰を受けて然るべきだと思うのですが、実際のところどうだったのでしょう?
このようなマスコミや国家権力の横暴を許すのは、日々垂れ流される情報や権威のある人間の言葉を盲目的に信じてしまうバカな大衆にも責任があるのかもしれません。簡単に踊らされないように自分も気を付けたいと思います。と言いつつ、本作鑑賞後に怒りにまかせて筆を走らせる自分もやはりバカなのでしょう。本作を教訓に、発信する情報には責任を、受信する情報には多面的・多角的にとらえる目を持って臨めるよう、精進したいものです。
最後にもう一つ。リチャード・ジュエルが英雄から容疑者になったのはとてつもない不幸ですが、その原因の一端は彼の過去にもありました。その一方で、国家を敵に回しても守ってくれる友人と何があろうと信じてくれる母がいたのは本当に幸せなことでしたが、その幸せも彼自身が引き寄せたものだったと思います。日頃の自分の言動を振り返る、よい機会となりました。
やっぱり素晴らしい映画
かったるい映画と評する人もいたけど、決してそんな映画ではないです。
素晴らしい久しぶりの感動映画です。
是非鑑賞を勧めます。感想はそれぞれ感じれば良いかと。
クリントイースドウッド監督。長生きしてもっと映画撮って下さい!
楽しみにしています。
イーストウッド監督にはいつも襟を正される。
『イーストウッド監督の映画に通底するもの』
この映画を観て確信しました。
クリント・イーストウッド監督は『仕事に真摯に取り組む人』そして『仕事として引き受けたことは当たり前のようにきちんとすること』への関心と敬意と感謝の気持ちが本当に強いのだと思います。
………………………………………………………
以上は『運び屋』の時のレビューですが、今回も『仕事』というもののあり方や取り組み方について、説教臭さを微塵も感じさせないさり気なさで見事に教えてくれました。
リチャードは、アメリカの正義を信じており、その執行に携わることこそが自分の使命であり、それを実現できる仕事への憧れと誇りを強く持っている。
その無邪気さは、『ジョジョ・ラビット』の少年ジョジョがヒトラーに憧れているのと変わらない。
だから、ワトソン弁護士が呆れるほど、アメリカの正義の頂点に君臨する(と信じている)FBIにも独りよがりの親近感を抱き、妙に協力的になってしまう。
そのような純真さは備品係だろうが、警備員であろうが変わらず発揮され、その仕事でやれるべきことは労を惜しまずやり遂げることが誇りであり、リチャードにとっては正義の執行なのだと思う。
イーストウッド監督はそういうアメリカ人男性の無邪気さが好きだし、愛おしくて仕方がないのではないでしょうか。
そして、そういう危なっかしい男を強く優しく見守る母親的な女性の存在(男女の役割を差別的に決め付けるような意図は全くありません、あくまで構図として)。
アメリカ社会の歴史も現状についても何も知らないのになんとなく、『古き良き、世界中の若者が憧れていた頃のアメリカの原型』のようなものを感じてしまうのですが、全然違うのかな。
正義の執行などというと大袈裟ですが、どんな仕事においても、工夫ややり方は人それぞれですが、当たり前のように〝責任を持ってきちんとやり遂げる人〟は誰からも信頼されます。ワトソン弁護士の彼への信頼の根拠もそこにあります。
この事件においては、メディアもFBIも本来の仕事に求められる責任や誠実さを始めから欠いています。
終盤、リチャードがFBIに突き付けた言葉の大意。
こんなことがまかり通ったら、次の警備員はリチャードの二の舞いはごめんだと思って、責任を果たさなくなる。
正義の番人が〝正義の執行〟という仕事において誇り(=責任感)と誠実さを失ったら、誰が安全を守ってくれるのか。
正義や安全という言葉を社会秩序とか社会基盤などに置き換えてみると、我々一人ひとりへの問い掛けでもあります。
原発、電気・水道などの社会インフラ、物流・小売などの安定による食と物資の確保。
世の中のすべての仕事が、市井の人それぞれの責任感で成り立っています。
イーストウッド監督の映画を見た後はいつも、明日からもちゃんと仕事しよう、と襟を正されるのです。
本当にこわい
実話である。
私達に起こりうる物語である。
正義を貫き誇りを持って生きるリチャードに容赦ないメディアの残虐さが本当に怖い。
FBIのやり方の汚さとリチャードのイライラする程の国家権力への絶大な信頼に
「なにしてんだ!!」と思うシーンが多数。
ちょっとネタバレになりますが、
メディア側の容赦なさは最後まで貫いてほしかったな。と。
私には分からない…
迫力もなければ見せ場もなく映画館で見る映画じゃない。必要のないシーンが多すぎて何が良いのか全く分からなかった。まず主人公に感情移入出来ないし必ず泣くであろう親子の感動シーンも全く心打たれず…。
皆さん頑張りました。主人公の勇気に感動です。
あれだけ追い詰められても挫けず、正義を貫く主人公ジュエルと、その無実を信じて疑わない母と弁護士に感動しました。クリント・イーストウッド監督の男気を感じました。
この安心感が心地よい。
いつもながら、クリント・イーストウッドの作品は、安心して観ていられるのが心地良い。
あまりスポットが当たらないような出来事の中に、正義や誇りを持って生きていく人間の生き様を映し出していく、その想い、その姿勢に感動します。
FBIやマスコミの姿勢を、過不足ない素直な形で浮き彫りにする表現力や、ちょっと”ボーダー”かと思えるような主人公の人物像や心の陰影などの描き方には、もう感服するしかありません。
周りを固める役者達も良い味を出してます。
Sam Rockwellがカッコいい!
それにしても、こうした表現の奥行きみたいなものが、なかなか日本映画の作品には見いだすことのできないのが残念です。
感動の実話に涙
第一発見者が怪しい、これは今も良く聞く事だが、証拠が無くても明確な根拠が無くても、過去の小さな傷や外見、そして統計的なものや経験値だけで容疑者にされる...実に怖い。正義とは何か?触らぬ神に祟りなし、そんな風に生きないといけないのか?色々考えさせられた。
当時のマスメディアの恐ろしさを痛切にうたっているが、現在のネット社会の恐ろしさに十分通ずる。
イーストウッド映画らしい、重厚かつ胸に響く素晴らしい映画だった。
も少しエグくやられ最後に痛快な逆転劇、を期待したが、比較的大人しめな展開と結末だった。まあ、実話につきやむを得ない。
不器用だが一貫して正義を貫く主人公、それを支える男の友情と母親の愛情、色んな意味で泣けた。
クリント・イーストウッド作品
観るものをその現場へと誘なうクリント・イーストウッド作品。実話だけにその重みが凄い。
見かけや境遇、他人からの偏った情報で犯人扱いされる理不尽な濡れ衣に怒りさえ感じてしまう。
正義
「リチャードジュエル/Richard Jewell(原題)」
2020年1月17日
映画館
英雄から容疑者へ
爆弾の第一発見者リチャードを襲った残酷な日々...
FBI捜査とメディアに翻弄され壊されていく日常...
暴走する国家権力とメディアの一報で全てが一変し無実の罪に課せられ過ごす日々
際立つキャラに様々な感情湧き上がり正義のあり方を観た者に問いかける
#リチャードジュエル
#RichardJewell
いまの日本の司法制度をあぶり出す
ジュエルが取り調べにあおうとした時、言った。
「弁護士を呼んでほしい。でなければ僕は喋らない」と。
そこが大きなポイントだった。
もし、そのままの状態で、収監されてしまったら、
もし、あのまま検査官の誘導に乗ってしまったら、
もし、わけも分からないまま100日間も自供を迫られていたなら。
この作品ほど、いまの日本の問題をあぶりだした映画はないと思った。
クリント・イーストウッドにそんな意識はなかったろうが。
だからこそ、それは普遍的なものに感じるのだ。
①弁護士の立会いがない。②いつ解放されるかわからない取り調べ。
③人を人とも思わない高圧的な検査官の人権無視的態度
いまの日本ではその全てが許されているのだ。これでいいのか?
少なくともアメリカでは人権が優先されている。
また、メディアと個人の問題も取り上げられている。
キャシーという女性記者がFBIとつるんで不確かな犯人を実名記事化する。
ともすれば女性差別につながる一般にハニートラップという手法で。
ここはイーストウッドは慎重に言っている。
キャシーという記者はいろんな面を持っていた。
彼女のヒロイズムがそうさせたのでは、と描いた。
しかし、キャシーは自分の間違いに気づき、ジュエルの母親の言葉に涙した。
イーストウッド監督の繊細で大きな度量を感じさせる場面だった。
いずれにしても、「リチャード・ジュエル」は、アメリカよりも、
いまの日本にとって、最も重要な映画だろうと切実の思うのだった。
全293件中、221~240件目を表示