劇場公開日 2020年1月10日

マザーレス・ブルックリン : 特集

2020年1月6日更新

ピートの効いた芳醇なウィスキーのよう…私立探偵、50年代NY、ジャズ、
アメリカン・ノワール―― E・ノートン監督・脚本・製作・主演!
新年1本目、大人のシネフィルに捧ぐ、知性あふれるビンテージな逸品

映画には香りがある。エドワード・ノートンが約20年ぶりにメガホンをとった「マザーレス・ブルックリン」(1月10日公開)は、まるでピートの効いたウィスキーのように、深く芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。そしてひとたび口に含めば、喉に熱い感触を残して食道を伝い、胃の底を豊かな余韻で満たしてくれるだろう。

1950年代のニューヨーク、私立探偵による知性あふれるフィルム・ノワール。豪華キャストのアンサンブル、洒脱なジャズの旋律。年末年始は各配給会社の“派手な勝負作”が世に放たれるが、2020年の幕開けにシネフィルが注視すべき逸品は、とにもかくにも本作である。


エドワード・ノートン、20年ぶり監督&初脚本で1人4役に挑戦!
新時代のアメリカン・ノワールの誕生

原作は米作家ジョナサン・レセムが1999年に発表し、全米批評家協会賞に輝いた同名小説。筋書きはハードボイルドであり、痛烈であり、そして深遠なる謎を湛えている。まずは、本作の全体像を俯瞰していこう。


[物語] 独創的な私立探偵が迫るNYの闇と腐敗

主人公は、障がいを抱える私立探偵ライオネル(ノートン)。彼の人生の師と仰ぐボス、フランク・ミナ(ウィリス)が、何者かに殺害された。

ライオネルは事件の真相を追う。やがてたどり着いたのは、大都市開発にまつわる腐敗。そして、この街でもっとも危険と称される黒幕の存在だった――。


[製作の背景] ノートンが20年間温め続けた念願の企画

99年、原作を手に取ったノートンは、すぐに映画化の権利を取得した。ほれ込んだ最大の理由は、物語の背景にある“都市開発”というテーマだった。

彼の祖父であるジェームズ・ラウスは、都市開発に心血を注ぐ慈善家であった。ノートンは祖父が構想し実現させた街(ワシントンDC郊外の都市コロンビア)で育ち、自身も一時は不動産開発会社に勤めていた。いわば人生の重要なウェイトを占める要素が、物語とシンクロしていったのだ。

監督、初脚本、製作、主演と“1人4役”をこなす八面六臂の奮闘ぶりからも、思い入れの強さがうかがえる。史実と物語が調和した脚本執筆に10数年を費やすなど、苦労もあったが、完成後にはトロント国際映画祭などでの上映にこぎつけた。およそ20年の時を経て、ノートンの大願が成就した瞬間だった。


[舞台は50年代]クラシックかつモダンな“アメリカン・ノワール”の萌芽

原作の舞台は99年だが、映画では57年に変更されている。戦争からの脱却という機運が高まり、古きニューヨークが発展し始めた時代だ。

クラシックカーが優雅に走る街並みは、確かにレトロさを感じさせる。一方でネオンサインで象られたERの看板、色彩豊かなハットが陳列されたショーウィンドウなどには、どこか近未来感が漂っている。まったくの矛盾した要素が相互に影響を及ぼす不思議なルックが、見ていて心地よい。影と閉塞感が支配するフィルム・ノワールを踏襲しつつも、現代アメリカの社会問題にも繋がる“アメリカン・ノワール”。本作にはそんな形容がふさわしい。


【予告編】なぜボスは、殺されたのか 真相を知れば、命を狙われる――

超人的な記憶力と障がいによる発作を持つ私立探偵ライオネル
超豪華キャストが結集 蠱惑的なキャラクター造形で見せる

キャスト陣には、その名を見るだけでも期待が膨らむ面々が結集。シナリオ開発の第一人者、クリストファー・ボグラーによる著書「神話の法則」で紹介されたキャラクターの原型(アーキタイプ)を下敷きにしながら、登場人物を紹介していこう。


・主人公 ライオネル(エドワード・ノートン) 私立探偵

物語の中心となり、長い旅路の果てに何かを見出す“主人公”。探偵という職業は人々にとって極めて魅力的に映る。例えば、慧眼により事件を解決に導くシャーロック・ホームズ。例えば、「タフでなければ生きてゆけない。優しくなれなければ生きている資格がない」とニヒルにつぶやくフィリップ・マーロウ。例えば、飄々とした風体で核心を突く金田一耕助。彼らを主役に据えた作品は、いまも世界中で映像化されている。

本作のライオネルは、そんなヒーロー然とした探偵たちほど、うまくは生きられていない。孤児であり、障がいの発作によって突発的に「イフ!」と奇声を発してしまうため、周囲からは奇人扱いだ。しかし、能力はその欠点を補ってあまりある。超人的な記憶力を誇り、天性の勘と尋常ならざる行動力を駆使しながら、事件の真相にぐいぐい迫っていくのだ。


・賢者 フランク(ブルース・ウィリス) ボス

物語上、主人公を導く役割を持つ“賢者”。ライオネルを孤児院から拾い上げ、探偵としてのノウハウを叩き込んだ。「でかい仕事」を進める最中に撃たれ、「フォルモサ」という言葉を残して息絶えた。


・戸口の番人 モーゼス(アレック・ボールドウィン) 権力を持つ男

主人公の旅路を邪魔する“戸口の番人”。野心的な都市開発者であり、上長にあたる市長よりも強大な権力を保持している。キャラ設定はドナルド・トランプを彷彿させる。


・トリックスター ポール(ウィレム・デフォー) 謎を知る男

物語を急転させる“トリックスター”。民衆が市長らに意見する公聴会で、ライオネルと出会う。モーゼスについてのただならぬ情報を握っているようだ。


・仲間 ローラ(ググ・バサ=ロー) 鍵を握る女

主人公を手助けする“仲間”。モーゼスの都市計画に反対する組織に所属しており、フランクは何故か彼女を監視していた。ライオネルは新聞記者を装い、ローラに接近していく。


ウィスキー、シガー、ジャズ、シェイクスピア、トム・ヨーク…
芳醇な時間と空間、そして極上の音楽を堪能し、深い余韻を残す映画体験

物語、キャラクター、セリフ、そして映像と音楽が組み合わさり、映画は成立する。本作が深遠な知性を感じさせる理由は、特にセリフと映像と音楽に依るところが大きい。

「巨人の力を持つのはすばらしいが……その力を巨人のように使うのは暴虐だ」。物語は、ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲「尺には尺を」の一節から始まる。序盤から映像にはスモーキーなムードが充満し、ダウンライトが落ちるバーカウンターにピカピカのグラスが置かれる。琥珀色のウィスキーがポアラーを伝って薄く注がれると、ライオネルが代金を置き、一息に飲み下す。観客も、口中に複雑でまろやかな香りが広がるのを感じる。

中盤の白眉は、ライオネルとローズが肩を並べるジャズクラブでのひと幕だ。シガーの紫煙に包まれたステージで、クインテット(五重奏)による演奏が始まる。さざ波のように忍び寄るドラム、あたりの重力を操るかのようなウッドベース、月光のように降り注ぐピアノ、そして薫風のように吹き抜けるトランペット。モダン・ジャズのハード・バップが、ライオネルの即興的な脳内とシンクロしていく。

音楽は「スパイダーマン スパイダーバース」などのダニエル・ペンバートンが手掛け、第77回ゴールデングローブ賞で作曲賞にノミネートされた。ジャズクラブでの演奏にはカリスマ的トランペット奏者のウィントン・マルサリスが参加。また、主題歌はノートンの長年の友人であるトム・ヨーク(レディオヘッド)が制作し、フリー(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)とコラボするなど、あまりにも豪華な陣容が劇伴を創出している。

そうした諸要素が形成するのは、芳醇な時間と空間だ。正月明けの慌ただしい時期に、その身を浸すような極上の映画体験が、劇場で待っている。

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