「こころざしの空回り感」ハリエット うそつきカモメさんの映画レビュー(感想・評価)
こころざしの空回り感
歴史上の人物を映画化したにしては、ずいぶん大胆な演出が施されている印象が強い。それが効果的かどうかはともかく、ハリエットの心の動きを巧みに表現できていると思った。
期待したのは、奴隷の身分から解放される旅を命がけでたどる彼女の成長と、周囲の人物との心の交流などを描いた濃いめの人間ドラマだったのだが、どちらかというと、様式美を追求したようなゴスペルだったり、霊的なアプローチで奇跡を起こす彼女の行動力など、意図しない方向に映画が進んでいくので戸惑った。
奴隷の所有者の苦悩などを赤裸々に語らせるなど、どっちに味方したいのかよく分からない演出にも疑問を感じた。農場主にとって奴隷は富を生み出すための財産である。白人たちは奴隷を上手に管理してこそ生活が保障される。奴隷が脱走し、居なくなることは資産を失うことを意味する。ましてや、ハリエットのような脱走ほう助をする存在によって、積極的に財産を収奪されている状態が続くことは彼らの死活問題だった。農場を維持するのに、奴隷を使いこなせない人たちもやがて自分たちの生活を維持できなくなっていくのだ。そんな描写が入ることで、どっちつかずの印象を抱かずにいられない。もしかして、白人の観客層にもアピールしたかったのか。
とにかく全編通してハリエットが活躍し通しの映画だ。近年の映画のトレンド、マイノリティや多様性に十分に配慮したものだろう。いわゆる「黒人枠」で、アカデミー賞のノミネートは約束された展開だったと邪推してしまう。それほどには作品としての踏み込みは浅いと感じた。この年は、作品賞を初めて韓国映画が制覇した歴史的な展開だったので、正直話題をかっさらわれたように感じる。
また、コロナ禍により、久々に映画館が再開された直後の公開だったので、嫌でも社会的な閉塞感を意識させられた。黒人を差別する白人警官の殺人行為で全米にデモが巻き起こり、その機運も手伝って、かなり期待値が上がってしまった。自分の行動で社会を変えていく主人公の姿は今の時流にピッタリだ。勝手に期待しすぎたが、ちょっとその期待には届かなかったと思う。映画自体の出来には関係ないのに、社会情勢が映画の評価を左右してしまった。
これは、当事者の、アメリカに生まれ差別を体感してきた人たちにとっては、大切な映画なのかもしれない。軽々しく日本人が論じることではないのだろう。だが、映画として楽しめるかどうか、その一点においては「楽しめるが、感動の領域までは至らない」という感想を抱いた。