「実はハリエットの新20ドル紙幣は発行されていない」ハリエット Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
実はハリエットの新20ドル紙幣は発行されていない
2020年のアカデミー主演女優賞と主題歌賞ノミネート作品。2020年3月公開予定だったが、コロナ禍により6月5日公開となった。
映画館の営業自粛によって公開延期となった作品は、優に100本を超えている。年間公開スケジュールは渋滞しており、メジャー作品以外は、"ビデオスルー"も否めない。何本が無事公開されるだろうか。
本作は19世紀のアメリカ南北戦争の直前の黒人奴隷解放運動を背景としている。主人公として描かれるハリエット・タブマン(Harriet Tubman / 1821-1931)は、アフリカ系アメリカ人女性として初めて新20ドル紙幣の肖像画に採用された奴隷解放運動家・女性解放運動家である。
20ドル紙幣はもっとも使用頻度の高い紙幣であり、たいへん名誉なことである。オバマ政権下で、女性参政権100年目の2020年発行予定とされたその新20ドル紙幣だったが、それを「純粋にポリティカル・コレクトネスだ」と発言したドナルド・トランプ大統領政権下で、"偽造を防ぐためのデザイン作成の遅延"という理由で2028年以降に延期されている。
ちょうど作品公開直前の2020年6月25日に起きた、白人警官による黒人被疑者ジョージ・フロイドさん殺害事件でも、トランプ大統領の発言が物議を醸している。独立国家としてわずか250年の国にも関わらず、人種差別問題は200年を経てもくすぶりつづける米国の病である。
ハリエット・タブマンを演じたのはミュージカル女優シンシア・エリボ。主題歌も彼女が歌っている。ミュージカル映画ではないが、劇中で登場人物たちによる黒人霊歌が挿入され、歌詞がストーリーを補完している。シンシアの演技力と歌唱力をまざまざと見せつける。見事だ。
映画は、黒人奴隷だった少女ハリエットの大脱走からはじまり、やがて"黒人のモーセ"(Black Moses)と呼ばれるほど、多くの黒人奴隷をひそかに救出した"地下鉄道の指導者(=車掌)"となっていく半生を描いている。
同じ黒人でも、生まれながらの自由黒人と、奴隷の娘という身分の違いなど、歴史的事実を淡々と伝える。女性監督ケイシー・レモンズが、スリリングな逃走劇の要素と、奴隷と所有主の価値観の衝突を演出。ハリエットはジャンヌ・ダルク的なヒロインとしての存在感を持つが、余計な誇張なく、等身大の彼女を再現しようと努めており、程よいメリハリが効いたドラマになっている。
(2020/6/5/TOHOシネマズ上野 Screen1/シネスコ/字幕:古田由紀子)