ミッドナイトスワンのレビュー・感想・評価
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まずは知ること
前情報なしで観ました。
草なぎくん演じるなぎさがバレエのシーンが多いのかと思いきや、新人女優のバレエ姿が多く、
とても魅せられました。
いちかとなぎさが2人で階段で踊るシーンがとても美しかったのが印象的です。
草なぎくんはほぼ女性にしか見えず、男性の姿をしたシーンも女性に見えました。
性転換手術って危険なの?映画を見終わってから調べました。
日本でも手術を行っているそう、保険適用されたのは2018年って最近なんですね。
ただし、保険適用されるのはホルモン治療を受けていないこと。
安価で医者からの説明不足だったり情報が少なかったりして、ホルモン治療をすぐ受けてしまう人が多いみたいですね。
監督さんのコメントもまずは知ってほしいとの願いで映画を作られたそうで、
多様性のありかたが広がって、偏見や差別が少なくなるといいですね。
まずは知ることが大事だと思いました。
浅い描写と冗長な展開
普段は邦画(アニメーションを除く)を敬遠しがちなのだが、話題の映画ということで。
主役の演技は総じて悪くないと思う。しかし、凪沙(草彅剛)が一果の前で初めて涙を見せる場面には少し違和感があった。感情を堪えきれずに涙するという場面のはずが、台詞から妙に説明臭さを感じる。そもそも、小学生の頃から性同一性障害を自覚して生きる凪沙がそれだけを理由に号泣すること自体、少し考えにくい。失恋など何かきっかけがあれば話は別だが。「性的マイノリティの苦しみを描く」というコンセプトばかりが先行して、説得力を欠いてしまったシーンだと思う。
(その他にも、凪沙の面接のシーンなどは「性的マイノリティへのハラスメント」を描きたかったのだろうが、意図が見え見えで白ける。あのような台詞も現実には見られない。)
ストーリーがやや冗長に感じたのは、テーマを絞り切れていないことが原因だと思う。凪沙の性的マイノリティとしての葛藤、「母親」としての葛藤、一果の内面とバレエの成長、実親からの虐待、友人の死など、プロットが余りにも煩雑である。よって例えば、友人(恋人?)の自殺という重要な出来事も浅い描写に限られてしまっている。もう少し凪沙に焦点を絞って脚本作りをした方が内容も濃く、物語の軸が定まったのではないかと思う。脚本が役者の努力を殺してしまった、と言っても過言ではない。
ところで、タイの性転換手術に言及したレビューを見かけた。あれは手術の失敗というよりは凪沙の自暴自棄が原因ではと解釈した。手術後に一果を迎えに行くも、取り戻すことができず、生きる希望を見失ってしまったのだろう。もちろん一果には本当の理由を話さず「油断」と誤魔化したが。そう解釈すれば、あの時凪沙は絶望の中で病に伏していることになるが、それが予期せず一果と再会でき、一緒に最期を過ごすことができたのは、母として本望だっただろう。
少女の成長物語
ナギサで映画は始まるけど、この話の主人公は少女の一果であると思う。
草彅くんの熱演は認めるけれども、歩き方は明らかに変やし、バーのお客さんに「キレイ〜!」と言われるシーンがあるが、誰のこと?って感じで決して美人にはなってない。草彅くんが女装した、って域から出ない。そう、女装なんだよー。これには考えさせられるものがあって、これが露出の少ない俳優さんだったら違ったのではないか、と思う。草彅くんはもう、テレビで我々にありとあらゆる面を見せていて、ちょっとやそっとではそれが剥がれないのだ。テレビに出続けていて私生活も露出しているような人を使うことは、ファンを呼び込めるかもしれないが、マイナスもあるということである。
しかし水川あさみは終盤まで彼女とわからんかった。佐藤江梨子は最後までわからんかった。やっぱSMAPは別格ということかも。そういう人があの役を演じること自体が褒めるに値するってことか?…問題が循環している。
草彅くんが気になり過ぎて、内容が十分入ってこなかったというのが正直なところ。しかし改めて、悲しい話だった。自分ではどうしようもないことで、生きる上で苛烈な苦労を強いられるということは、性の問題に限らない。バレエ教室が一果の救いになったように、周囲や社会が差別せず、変わることで、彼らの痛みが少しでも軽減されれば…
ネームバリュー
お話はとても面白かったです。ただイマイチ映画の世界に入り込めなかったのは
やはり「草彅剛」演じる凪沙さんが女装した草彅剛以上のものを感じなかったからだと思う
演技力というのは「その人」がそこに本当に存在してるかのように観客に感じさせることだと思っているので
「草彅剛」のようなネームバリューのある人であればあるほどやっぱりそこが問われるのではと
娘役の女優さんは新人さんということで、ここでしか見た事がないだからそういう意味では楽なわけです
だからお話としてもバレエダンサーを目指す娘のお話になってました
凪沙さんの役を新人のおっさん俳優にやらせろとまでは言いませんが、、
良い映画だっただけにそこだけちょい残念でした
余韻にどっぷり
多くを語らずも伝わるのか
表題通り。全てのことを明らかにせずに、ひたすら一果のバレエを描いていたように思えた。りんや凪沙のことを示すことがなかったのが残念。
りんが一果にどんどんと差をつけられていき、りんが怪我でバレエができなくなる場面が辛かった。最初は自らよりも劣っていたのに、いつからか一果が上になっていく。中学生ながら、彼女はどう受け止めたのだろう。そういった嫉妬心もありつつ接吻をしたり、一果の出番になった時間に、彼女と同じものを踊ったりする辺り、彼女たちの絆の強さを感じた。彼女はあの後死んでしまったのだろうか。
そして凪沙。女になりたいと言う葛藤が、一果にバレエをさせたいという気持ちに変わるところが素敵。自らが生まれ持っていて、同時に醜く感じている男という性を使ってまで。仕事場で局部を触られる場面や、風俗のようなところのくだりは観ていられなかった。一果の実母とは違う、真の母性を感じた。実母は最後には少しは改心するようだが、凪沙には劣る。
凪沙は一果のバレエ関連が片付くと、タイにて去勢手術を行う。その場面やミズキのくだりの生々しい表現に耐えられなかった。
個人的に一番好きな場面は、凪沙が一果を抱き締め、「私たちみたいなのは一人で生きていくしかないの。強くなりなさい」と話し、その後「一人にさせたくないから」と仕事場に連れていく場面。重い過去を持つ人間は、恋愛でそれを癒すことは間違っている。一人で、自分で、慰めて励ますしかない。そう感じた。
自らの性、己の強さ、母性、様々なことに対し考えさせられる作品。しかし、終わりがあまりにぼんやりとしていた上に、考えさせられ過ぎる。それらを踏まえてのこの評価である。
アカデミー賞が好きそうな作品
不幸を乗り越えて
124分あっという間でした
トランスジェンダーと母性
強く印象に残ったのは凪沙の美しさだ。
初めのお店のシーンで「スクール水着が着たかった」と話していた時は違和感があったが、一果がお店のステージで初めて踊った時に見とれる凪沙は美しいと思った。
草なぎがこんな名優だと知らなかった。
そして虐げられて育った無口な少女が凪沙と出会うことにより、しっかり自分を見つめる女性に変化していく。そんな演技ができる服部は素晴らしかった。
それでも、この映画の最大のテーマは「母性」ではないだろうか?
一果がコンクールの舞台で動けなくなった時、あれほど虐げられた母親を頼ってしまった。
母親の持つ母性とはかくも強力なのだ。
それを見た凪沙は、母性を持つために女性の身体を持つことを決意した。
また、一果は女性の身体になった凪沙を見て、自分にとって母親より重要な存在に気づいた。
昔「トランスアメリカ」と言う映画を見たが、トランスジェンダーになって実家に帰った時の親の反応が余りにも対照的だ。
また「トランスアメリカ」を見たくなった。
ピアノソナタによる映像詩
2020年度の日本アカデミー主演男優賞を受賞した、草彅剛扮するトランスジェンダー・凪沙の異様な熱演につい目がいってしまいますが、本作の本質は、一人のバレリーナが成長し開花していく凄絶で悲愴な通過儀礼を描いた物語であり、寧ろ草彅剛は脇役中の中心人物に過ぎません。
不幸な境遇で生まれ育ったために寡黙で内向的な少女と、物事にぞんざいな凪沙の絡みが中心故に、台詞が少なくト書きの多い脚本構成となり、勢い俳優たちの無言の高質な演技が求められます。
そのためか、映像に台詞の少ない尺がやたらと多いようです。中盤辺りの主人公の少女と親友となる女の子とのノーカット長回しはその典型であり、全体に間延びした印象が拭えません。
抑々アクションもラブロマンスもなく、美しい自然風景もない、ただ都会の喧騒の中の暗鬱で惨憺たるシーンが多く繰り返されるのですが、不思議に映像に緊張感はなく無機質的な透明感が漂っています。
それは台詞に代わって映画全体の空気を染め上げている美しく艶やかな音楽の功績です。渋谷慶一郎氏のソロピアノBGMは、儚い哀愁を帯びつつ、本作の人物たちの心の奥底に蟠る暗い情念の炎を、リリカルに観客の胸に響かせ共鳴させてくれます。スローテンポで流麗なリズムと切なく遣る瀬無い旋律は、耳に心地良く流れていくので、悲惨で身につまされるストーリーにも関わらず、私にはピアノソナタによる、バレリーナの成長譚を描いた清澄な映像詩を観た印象がしています。
多分、観客の中の涙腺に共振した人には、悲惨な報われぬ愛に強烈な同情と憐憫が沸き上がったことでしょう。
バレリーナとなる少女・桜田一果を演じる新人・服部樹咲は、精一杯熱演したとは思いますが、前半の不安・絶望・焦燥・諦観・羨望の入り混じった感情をほぼ無表情無言で演じており、後半の能動的所為に結び付くにはやや違和感がします。特に前半は、作品を通じてややローアングル気味の仰角ショットが多いので、余計にただ無気力なだけに映ってしまっていたのは残念に思います。
過去観た邦画の中でダントツ一位。傑作。
映画を見終わってエンドロールが流れた時の、あの余韻とピアノの音が混ざった空間。言葉には言い表せない。涙がひたすら流れた。
とにかくこの映画に出演してる人の演技力は凄まじい。自然で、本当にその役を生きているかのようだった。
草彅剛さんの演技は言うまでもなく、イチカ演じる服部樹咲がとにかく凄い。少女ゆえの儚さ、素朴さがありバレエを踊る姿はどこか切なくて悲しくて美しくてうっとりしてしまうほど。
アカデミー賞受賞は妥当。というかこれが受賞しないわけが無い。見る前に自分の中にあった高めのハードルを軽々と、もはや清々しいまでに爽快に超えてゆく。
人間、皆取り巻く環境、境遇、思いは違えどそれぞれ悩みがあり、苦しみ、今を必死に生きている。アカデミー賞を獲るまでミッドナイトスワンの存在すら恥ずかしながら知らなかった。だからこそ、今こんなに素晴らしい作品に出会えて、本当に良かった。きっと、後先どんなに素晴らしい映画が世に出ようともこの作品は一生忘れないと思います。
まだ観ていない方がいたら、DVD化を待たずに一度映画館に足を運んで観て欲しい。損はしない。きっと、心を動かされるはず。
なぜ自分らしく生きてはいけないのか。
ストーリーはシンプルです。登場人物の心情に沿って観ていくだけで、言葉にしない思いがビンビン伝わってきました。ナギサさん、イチカちゃん、友人のリンちゃん、イチカのお母さん...etcどんな境遇であれ、自分らしさと責任(期待されている役目)のズレがある。優しい人ほど期待を優先し、応えてあげようと無理めに頑張る。自分らしさがどんどん遠去かっていく。
でも自分らしさを出すのは、勇気が要ります。自分を出せば、嗤われ、蔑まれ、嫌われる。誰かを困らせ、失望させ、不機嫌にさせる。そしてついには犠牲にし、幸せを壊してしまうかもしれない。自分を出すのは、わがままで反社会的で、調和を乱す行為なのか。そう問いかけられている気がします。ジェンダーがテーマのようで、実は人類共通の問いです。
自分が望む自分と、みんなが望む自分。
中身と外見。
本質と世間体。
ズレが大きいと苦しみも大きい。どう重ねればいいのでしょう。
ナギサさん、はじめは意地悪な人。イチカちゃんは、変な子(全く口をききませんから)。でもなぜ意地悪か。なぜ口をきかないのか。
世の中に、人間に、突きつけている。
どうせみんな優しさも愛も人間らしくありたい気持ちもないんでしょう。
人に酷いこと言っても恥も感じないんでしょう。
同じじゃなきゃ許さないんでしょう。
それならこっちも期待しない。完全防備。ガチガチの鋼鉄並みのシールドで、心を覆い隠す。
やられたらやり返すだけ。
でも、同じように、自分にも突きつけている。
やられるからやり返す、そんなこと本当はしたいわけじゃない。傷付いたからって誰かを傷付ければ、そんなことをしている自分がもっと嫌になる。
袋叩きにあわないよう強く見せるしかない。一人でも生きていけるように。
でも頑張っても頑張っても、楽にならず光も見えない。自分を守る殻だけどんどん頑丈になっていく。
「どうしてわたしばっかり...」夜更けの部屋で、絞り出すように泣くナギサさん。
辛いねぇ..と胸が詰まり、思わず声をかけたくなりました。
あなたばっかりじゃないよ。
ジェンダー関係ない。これは誰にでも共通の問いかけです。肌の色や国籍、職業、学歴、年収、外見、出自。差別したい人がいる限り、なんでも差別の基準になり得ます。
なぜ自分が自分らしく生きるのを、認めない人たちがいるのか。
自分らしく、いていいよ。
なりたい自分に、なっていいよ。
ナギサさんはなかなか自分に言えなかった、でも誰かに言って欲しかったその言葉を、イチカちゃんには言ってあげられたのだと思いました。無言の言葉で。
無言の言葉を聴く耳を持つ人は少ない。でもイチカちゃんにはちゃんと届きました。白鳥は美しい佇まいの下で、必死で水を掻いている。ナギサさんもイチカちゃんも、誰でも、スワンなんだと思います。
たすきは渡されました。こんな形のハッピーエンドがあろうとは。自分らしく生きる、という聖火はまだちゃんと灯っています。国内だけでなく、世界の皆さんに観てほしい作品でした。
もうマイノリティでは無いよ。
周りにゲイの友だちも多いので、存在自体をどうとも思う事も無い。
が
すでにマイノリティとも思ってないゆえ
この映画の中で何度か出てくる「何で私だけ」と悲しむ姿に関しては、あまり同情してあげられないと思ってしまう。
それぞれ、自認する性の不一致だけで無く、色々な悩みを抱えてる人が世の中には居るから。
視点を変えれば、一果の母も苦しんでいるかもしれない。
凪沙の母も、息子の事で悩んでいるはず。
LGBTQだけではない。
登場人物の心境の変化が少し急展開だったような気も。
一果と出会う前から、凪沙の歩んできた人生をもっとじっくり見たかった。
性転換手術からその後の大変さが描かれてるのはとても良かった。
切って縫って、ハイ、終わり。じゃないからね。
女性と母の話
草彅君とバレリーナの子との関わり合いが素晴らしい!
説明不足なのにちゃんと分かる巧みな作品です
バックストーリーが足りないな、でも何か観ることのできる映画だなと感じました。
こう書くと低評価のようですが、決してそうではありません。結構高く評価しているんです。
バックストーリーというのは物語が始まるまでのストーリーのことです。脚本家は登場人物を考えるときに、その人物の性格や経歴、プロフィール、信条や価値観、友人関係、何に影響を受けて育ってきたか、どんな思想を持っているか、さらには両親や祖父母がどんな人生を歩んできたか(本人が生まれる前の経歴)といったことを考えます。
バックストーリーの大部分は、映画本編には使われません。なのになぜ考えるのかというと、その登場人物のことを掴むためです。例えば犬をかわいがる場面があったとして、過去に自分で犬を飼っていた経験のある主人公と、犬を飼ったことのない主人公とではかわいがり方が違うはずですよね。その小さな違いの積み重ねがキャラクターを作り、映画のテイストになったりリアリティにつながったりするんです。
で、そのバックストーリーの中には、映画本編でも描いておいた方が良い情報もあります。登場人物の過去のできごとや経歴をある程度描いておかないと、その行動やシチュエーションが唐突に思えたり納得できなかったりすることがあるんです。
例えばこの映画だと、最も気になるのは「一果は何故バレエがうまいのか」。その理由を描いておかないと、観客の頭にはずっと「?」が浮かんだまま観ることになってしまいます。バレエの先生に「習ってた?」と聞かれ薄く頷くシーンや「癖あるねぇ」と言われるシーンはありますが、これだけでは弱いです。実は3歳からバレエを習っていて、小4の時に親の事情で辞めさせられ、それからは独学で練習してた、といった説明がないとスッキリしません。
バックストーリー以外でも、ストーリー上、説明しておくべきことがあまり描かれていない印象です。とくにナギサと一果が心を通わせていく過程はもっとしっかり描いてほしいです。二人がそこまで互いのことを信頼しあうようになる要素ってあったっけ?という疑問が最後まで残りました。
一果のバレエ友だちのりんが怪しい撮影スタジオに通って母親の期待を裏切るような行動を取っている理由もいまいち明確ではないですし、りんは最後はバレエができなくなったことに絶望したのでしょうか、それとも母親の期待に応えられなくなったことに悲観したのでしょうか。
また、一果の母は最後、どうして一果がナギサのところに行くのを許したのでしょうか。
こういったことは、できれば説明してほしいです。
でも冒頭に書いた通り、この映画ってこんなに説明不足なのに、全然理解できないっていうこともないんですよね。
一果のバレエがうまいのも、「あぁ、習ってたんだ。きっと元々才能あったんだろうね」と思えなくはないですし、ナギサと一果が心を通わせていくのも、一果が最初は掃除を拒否していたのにある日突然部屋を片づけていてナギサが驚くシーンとか、まったく描かれていないわけでもないので想像できます。りんの心情も、足の怪我が原因だとわかります。
たぶん想像できるかできないか、ギリギリのラインを狙って作られているんですよ。そこが巧いなぁ〜と思いました。
とはいえ僕は、ちゃんと説明してほしい派です。
テーマとか世界観とかスタイルによっては、描かずに想像させた方が深い作品になることがあります。説明が入るとテンポが悪くなるから、あえてそのシーンを外す場合もあります。でも、基本的には説明不足だと感じさせない方が良いと思っています。
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