ミッドナイトスワンのレビュー・感想・評価
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いろいろ考えさせられたが
見たいなと思いつつ忘れていたんですがやっと見ました。
最後まで飽きることなく見れたことは高評価。草薙さんも目線が美しかった。改めて草薙さんっていい役者だなーと感嘆したんですが、前評判で期待しすぎた分、思ったより男に見えてしまったのが残念。そこが引っかかって物語に入れ込めない部分があった。
脚本や演出も今見ると古い感じがしてしまう。リアルタイムで見てたらまた感想が違ったんでしょうけど。
自分にはトランスジェンダーやLGBTのことより貧困とその連鎖、家庭環境や教育がいかに大事かの問題の方が心にグッとささった。LGBTは絡めずにそんな親子をテーマにした作品を草薙さん主演で見たくなった。
愛に満ち溢れている!涙が止まらない!
また、違ったブラックスワン
トランスジェンダーの男性とネグレストを受けている女の子との共同生活を描いた作品。
こういう作品は、どこか偏見や価値観の違いからあまり受け入れられ事がない事がと多いと感じる事があります。
だけども、この作品は、多くの人が観てほしいと感じました。
今、世界でもLGBTに対する考え方が少しずつ変わりつつもあるけど、まだそれは小さいと思う。
作品の中で女の子は、自分の成長の中で上手く、自分の感情に対して向き合う事が出来ずいる。
トランスジェンダーの男性は、世間という周りから受け入れられずにいて、どこか虐げられ生活を送っている。
それでもなんとか前に向いて動こうと四苦八苦しながらぶつかりながら、前に進もうしている姿がとても良かった。
女の子為に自分が踏み出せなかったら、性転換手術にも取り組み心身共に女性になる事でほんとの母親になろうとしていた。
それがきっかけで自分の身体がどんどんとおかしな老化を遂げてしまう。
生きるという事は、それぞれの人生があるけど、それを誰かの考え方によって固めてしまう事は、その人を殺すという事になるのかもしれない。
簡単に受け入れ事は、難しいけど、そういう人達の声を聞いてみる事は、出来るなと思う作品でした。
マイノリティだからこそ
どこに才能の芽が咲くのかは誰にもわからない。
広島の片田舎でヤンキーのシンママにネグレクトされたバレエの才能があるイチカ。
トランスジェンダーのなぎさ。
最初は腫れ物を触るような二人がお互いの弱さを見つけていくうちに、あぁ一人じゃないんだ、って思い始めて不器用ながらも心を開いていく様子をじっくり描いてる。
とはいえ、多感で一人では決断も生活もできない中学生。母の元に帰るけど、ちゃんとなぎさの「自分を大事にして強く生きるんだよ」という言葉どおり、NYのバレエ学校に進む。
バレエの先生にも才能を見出してもらってたけど、あの先生も物事をフラットに見れるから、イチカも信頼できたんだろうな、いい先生だったよね。
最後は、せん妄が見えてたのかな。
海で美しいものを見ながら天国に行けてよかったと思う。このまま、あの部屋で一人死んでいくなんて悲しすぎる。
草彅氏の演技が棒読みに見えるけど、あれは自然体と表現するのか。
残酷な世界で最も美しい物語
これほど素晴らしい作品だったとは。公開時スクリーンで見なかった事を心の底から後悔した。
草彅剛演じるトランスジェンダーの凪沙がとにかく魅力的。美しく気高く見えて、実は優しく本当は脆く儚い。そんな多面的な女性が少女・一果に自分の夢を重ねて託し、母になろうとする様の美しさ。音楽の素晴らしさも相まって魅了された。
最悪の出会いから始まった一果と凪沙の出会いが、こんなにも美しいドラマに繋がっていくとは。
2時間という短い尺の中に織り込まれた様々な人間模様。残酷な現実と温かな希望。そのどちらも描かれていた。誰が悪いでも良いでもなくゆっくり時間が過ぎていく感覚が心地良く、それでいてフェアに感じられた。
何度も繰り返し見てドラマに浸っていたいと思えた名作だ。
白鳥さん
久しぶりにがっかりな映画
母になろうとして、やがて女になった悲しく優しい物語
名作を今更ながら鑑賞。
虐待、あるいはネグレクトを受ける子どもが実の親でない人と住んで絆を深めていく物語はよくあるが、今作はそこにLGBTQが絡めてあるからより厚みと深みが増す。
女性にどうしてもなりたい凪沙。孤独を抱えた一果。最初は互いにギクシャクしながらも、やがて互いの穴を埋め合うようになる。
そしてバレエの夢を諦めたりんの死、凪沙の死
同性愛者が死ぬという結末もいたたまれない。
また、性転換の手術も術後のケアも大切だし、簡単にはできないことも教えてくれている。
一果の才能を目の当たりにした凪沙が、バレエのレッスン料などを捻出するため、男に戻り就職したシーンには号泣。そしてラストの海のシーンでも涙なみだで。
どうにもならないもどかしさと悲しさ……
母になろうとした凪沙の姿と思いに、想いを馳せると胸が張り裂けそうになりました。
草彅剛の演技はさすが。儚く繊細な表情が凪沙にぴったりだった。
そして一果演じた服部さんのバレエとスタイルの良さには感服!!
海で踊るシーンは名シーンです!
新宿で寄り添う、ひとりだったふたり
健ニとして産まれたが、心が女性で性転換手術に向け貯金しながら、ゲイのショーをして暮らす凪沙。
従姉妹の子、一果を短期的に引き取る事になる。
最初は実家からの養育費を性転換のあてにするためだったが、一果の心の悲鳴に気付いた時、母親としての心に変わっていく。
もともと、真面目でしっかり者の凪沙。
一果とは生活時間すれ違いだし、最初は邪魔者扱いするが、一果そっちのけで飲むわ彼氏作るわの一果の実の親よりは自律しているし、一果の心に気付いてくれる。
一果も辛いし、凪沙も辛くて、2人が心を通わせ合うまでに既に何度も泣きかける。
「頼んでないし」
「なんで私だけ」
悲痛な叫びが響いてくる。
2人とも、自ら望んで、大切にしてくれない母親や性自認に理解のない環境を選んだ訳ではない!
そこしか生きていく場がないから。
それでも、自暴自棄になったりグレたりする訳ではなく、仕事をし真面目に暮らす凪沙もバレエという世界に出会い自力で稼ごうとする一果も必死に生きている。
前を向いて。
対比として、母親になれた身体でありながら子供の気持ちに向き合わず脅すように子供を育てる母親や、育児放棄する母親。裕福な家庭ながら、子供をうわべでしか見ていない母親。
凪沙からすれば、子供の悲痛な気持ちに痛いくらい共感し寄り添えるし、戸籍や性別が男性でなければ母親になれたかもしれないのにとより一層思うのだろう。
なのに、いざという時には、血の繋がりのある産みの親が子供からも実母の認識を持たれてしまう現実。
貯金しながら、高いホルモン注射を続け、性転換の手術に向けて準備をしながらも「何のために生きているのか」にどこか虚しさが漂っていた凪沙だが、感情すら湧かない無気力どうにでもなれな目をしていた一果のバレエでの可能性に気付くうち、一果のサポートが凪沙が女性になる理由になっていく。
「自分を大切に。強く生きる。」凪沙が一果のバレエの月謝のために身体を売る仕事に落ちようとしたり、昼の仕事の転職面接を受けたり、男性に戻ってまで力仕事をしようとしたり、性転換手術の決心をしてタイに飛び、女性になって一果を実母から取り戻しに迎えに来たり。
これはただの母親ごっこではなく、はっきりと心からの女性の母性だなと感じる。
服を破かれ、女性になった身体を見られ、バケモノと罵られてもそんな恥には揺らがず、ただ一果の母親として一果を守りたい一心に見えた。
が、中学生の一果をその場で広島から連れて帰れなかった時、新宿に戻ってから自身の身体のケアをする生きる気力が失せてしまったのだろうか。
手術した事で壊死や感染症や失明や貧困や更なる孤独に陥る事など、思いもよらなかっただろう。
何も悪いことをしていない凪沙が残酷な最期を迎えるが、一果が海外にバレエ留学する奨学金を勝ち取れた、ただそれだけが救いのお話。
海外に渡った一果は、凪沙との想い出の、白鳥の湖からオデットの曲で踊る。
夜だけオデットになり、朝には白鳥に戻ってしまう曲目は、戸籍上は健二でも凪沙でい続けたい凪沙にも、実母との環境が広島にありながらも愛に飢えている一果にも重なる。
そして、王子が愛を伝えてオデットが白鳥になる呪いを解こうとするが間に合わない展開は、愛が故に一果を迎えに来た凪沙にも、凪沙の性転換による不調からの生還に間に合わず、凪沙を失う一果にも重なる。
実母から適当にあしらわれて育ち、一縷の希望だった凪沙も失って、バレエで育ててくれた実花先生から自立して。一果はバレエで奨学金海外留学。亡き友人りんにとっては親が唯一期待してくれたバレエで。
海外でも奨学生として、コンクールが付き纏う競技者として、安心な実家がない一果が今後も経済的精神的に孤独を感じ続けることは容易く想像できる。
「自分を大切にしないと。私達みたいな人間は、ずっとひとりで生きていかないといけない。強くならなきゃいけない。」
凪沙がかけてくれて、命懸けで示してくれたこの言葉が、深く深く一果にも染み渡っているだろう。
作中の、親のしわ寄せを被る養育環境や、性別から傷付けられる事が多い社会的立場など、明らかな弱者でなくても、言えない想いに傷付いている人は沢山いると思う。
どんな人間も最後はひとりであり、経歴も人生も歳を重ねるほどばらけて、誰かと同じなどそうない。
それでも、
押し殺している感情を腕を噛んで堪えたり、
身体を売って心を消耗したり、
誰にも言えない痛み苦しみを抱えたり、
そういうのは自分でなくても辛いのが人間だと思うし、その痛みに気付けない/認知できない人の方が、よっぽどバケモノだと思う。
ハニージンジャーソテーを作ってくれた凪沙が、今度は一果に作って貰わないと口に出来ないまで衰弱しても、ご飯中に目にも見えていない金魚たちに気付き「ごめんね自分達だけ美味しい思いをして」と苔だらけのからの水槽に餌をやる場面が印象的でとても好き。
命や体力が自分の分すら足りない痛みの中でも、弱い者に気を配る凪沙の優しさが溢れている。
飾ってあるマリア像からも、自己犠牲しながらも救いを求める凪沙はまさにカトリックが言わんとするところだと思った。
言葉での表現が伸びる環境になく、もともと得意でなくても、一果には踊りが見つかったことが嬉しかった。
一果役の子は、バレエが先で女優が後なのだと徐々にわかってくる。バレエが絵画のように美しく完成されたもので驚いた。水川あさみが母親役なのがよくわかる、細い手足。
草薙剛は、親になっていく過程が、かなり昔の僕の生きる道と通じるものがある。一生懸命にオネエの仕草や話し方の表現を追求しているのが見ながら感じ取れるのだが、その所作よりもずっとずっと、心の演技の深みの方が伝わってきて、女性に見える女装でなくても異様さなど全く感じない。「どうして私だけ」「泣けばおさまるわ」と普段心の奥で流して堪える声が飛び出す場面で、私も泣いた。
広島の家族一同、もう少しなんとかならんのか?
草薙さんの演技素晴らしい
トランスジェンダーだけじゃない、心が痛くなる映画
ネトフリにあったので観ました。
一見トランスジェンダーのお話がメインのようでそれが取り上げられがちだけれど、そこは割とどうでもいいかな。心が弱く頭が悪い人たちの群像劇とでも言いましょうか、非常に刺さりました。
一果にバレエをやらせるために男性の格好をして男の本名で男性がメインでやるような仕事に就く凪沙。でもそれは自分に正直に生きていたい凪沙には耐えられなかったのでしょう。表向きは男性として仕事をしていた方がお金も稼げるし惨めな思いもしなくて済む。女装は趣味として割り切って、理解者たちのいる場だけで欲求を満たす程度にしていれば後ろ指をさされなくても済んだわけです。手術後も自分の体のケアすらできないほど心が弱ってしまったのでしょう。
一果は一果で、守ってあげるという母親と一緒に暮らしているのにグレてリスカをする。
夢を絶たれた一果の友達りんも、幸せいっぱいな人たちを目の当たりにし、その人たちに群衆や親の視線を奪われ、ここで飛び降りたら、私が死んだら誰か私のことを考えてくれるかなという欲求に勝てなかった。私が小中学生の時にいつも思っていたことです。(実行はしてないけど。)思春期の心の揺れというやつです。心が本当に弱ってしまった人はその揺れに負けてしまう。
3人とも頭が良くて先のことまで考えられて、心を強くもって一人でも孤独でもきちんと生きていけたらそんなことにはならなかった。唯一、一果は凪沙の最期を胸にしまって一人外国で強く生きていく決心をしたのかな。
弱い人たちの人生を見せつけられるので感動で泣ける映画ではないです。三人中二人は弱すぎて死んでしまったのだから、苦しすぎて泣けもしない。三人は誰一人として悪くないからです。
私はトランスジェンダーではありませんが、自分のせいではない苦境が何年も続き「なんで私だけ」と泣いたことが何度もあります。そういう意味で共感し刺さりすぎた映画でした。多くの人にとってはこの物語はリアリティがないでしょう、これで泣くのもなんだかきれいごとという感じがします。でも刺さる人にとっては逐一リアルで細かい表現が多く、心が痛かったです。
草なぎさんはいつも淡々としていて演技が上手いと思ったことはあんまりないのですが、髪を短くして作業着を着た時に一番女性らしく強い母の顔、優しくも決意と希望に満ちた目をしていたのは素晴らしかったです。痩せていて、不細工ではないけど決して綺麗な女装ではない感じといい、この役がとてもしっくりきていたと思います。
海のシーン、バレエのシーン、非常に美しかったです。汚い物とのコントラストが強く鮮烈でした。
とても見応えのある作品
タイトルなし(ネタバレ)
友達、殺さなくてもよかったのでは…
あと血まみれのシーンの印象が強くて、観てから数日経っても思い出しては痛がってます。
悲しい映画は何度も観たくないけど、なんとなくもう1回観てみたい気もする。
いちか
説得力ありすぎのバレエ
ずっと見てみたいと思いながらなかなか縁がなかった作品。
今朝たまたま見始めて、続けて2回見た。
まずは対比の見事さ。
戸惑う一果に駆け寄る実の母早織、踏み出せない凪沙。
警察にすら自分の本名を認めない瑞貴、働くために自ら記名する凪沙。
りんと一果のバレエシーンはいうまでもなく。
人は比較されるのを嫌がるが、さまざまな視点からの比較を経て個人になるんだと思う。
術後の凪沙の状態は、外国での手術のずさんさとか危険と隣り合わせ的なことではなくて、凪沙の精神状態を表しているのでは。
一果は追ってきてくれず、ずっと隠していた母にもばれて自分のケアなんてする気になれなかったんだね。
私が凪沙をよしよししたい。
最後のバレエが美しかったので心が救われました。凪沙もそうであってほしい。
このために凪沙さんは人生を賭けたんだと納得できる、素晴らしいバレエでした。バレエ詳しくないけど、詳しくないのにすごいと思えることがすごい。
切ないピュアな二人
LGBTだけではない。何で私だけ。
何で私だけ。
凄い刺さる言葉でした。
私はストレートだけど、「なんで女性で産まれたのだろう、なんでこんな世界で生きてかなきゃいけないのだろう」
と幼少期からずっと思って生きてきました。
DVが主な原因だと思うけど。
LGBTにしかわからない気持ちももちろんあると思うけど
私はあの時の凪の涙を流してたらまた良くなるからという孤独の苦しさを自分と置き換えてしまった。
また、オムツのシーンはかなり苦しかった。
絶望した渚の苦しさを、あの部屋が表現していた。
私の自傷行為をして片づけもできない、血まみれの部屋とも被った。
凪は死を考えたに違いない。
そう感じたシーン。
魚はもういないのに、餌をあげるシーンはかなしくもなり
凪の私だけ美味しもの食べて との気持ちが
彼女の優しさも感じた。
一果もかなりきつかっただろう。
噛むしかない表現。
凪の愛を受け入れたのは救いだった。
私はLGBTというよりは
凪という人間に惹かれた。
彼女は一果と離れて、何を感じで生きてたのだろう
念願の女性にもなったはずなのに
それ以上の絶望を1人で抱えて生きてたのか
泣いたらおさまると泣いて生きていたのか
女性で産まれてたなら、こんなことにはならなかったのか?
国が保障してくれてたら、凪は苦しまなかったのか?
根本的な問題はそこなのか。
ただ、彼女の横に寄り添いたい。
そんな気持ちになった。
凪に笑って生きてほしいと願った。
LGBTの問題だけではなくて
私は一人一人、人間としての苦しみとして受け止めた映画でした。
後、こんなの作り物感があると書かれる方もいるけど
本当にこんな辛い人生はあると思う。
私は少なくともこんな人生に近い絶望を歩んだ。
御涙頂戴として作られた作品とかいう人たちは幸せな人生を歩んだんだろうなって羨ましくも思う。
自分の知識の乏しさを恥じた。とても勉強になった。
性転換手術後、命を落とすこともある。
あるいは自ら人生の幕を閉じる人も少なくない。
とか、
国内では性転換手術の症例が少ないため、
手術するならタイまで行き高額な値段で
手術してもらう。
とか。
人間の体って、複雑で、繊細で、
変えようとするのって簡単にはいかないんですね。
いかに自分が
ホルモンってやつの恩恵をタダで受けているのか、
よく分かりました……。
あと、
服部樹咲さんのバレエ、本当に素敵だった。
(りんさんが、衝撃だった)
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