「説明不足なのにちゃんと分かる巧みな作品です」ミッドナイトスワン デビルチックさんの映画レビュー(感想・評価)
説明不足なのにちゃんと分かる巧みな作品です
バックストーリーが足りないな、でも何か観ることのできる映画だなと感じました。
こう書くと低評価のようですが、決してそうではありません。結構高く評価しているんです。
バックストーリーというのは物語が始まるまでのストーリーのことです。脚本家は登場人物を考えるときに、その人物の性格や経歴、プロフィール、信条や価値観、友人関係、何に影響を受けて育ってきたか、どんな思想を持っているか、さらには両親や祖父母がどんな人生を歩んできたか(本人が生まれる前の経歴)といったことを考えます。
バックストーリーの大部分は、映画本編には使われません。なのになぜ考えるのかというと、その登場人物のことを掴むためです。例えば犬をかわいがる場面があったとして、過去に自分で犬を飼っていた経験のある主人公と、犬を飼ったことのない主人公とではかわいがり方が違うはずですよね。その小さな違いの積み重ねがキャラクターを作り、映画のテイストになったりリアリティにつながったりするんです。
で、そのバックストーリーの中には、映画本編でも描いておいた方が良い情報もあります。登場人物の過去のできごとや経歴をある程度描いておかないと、その行動やシチュエーションが唐突に思えたり納得できなかったりすることがあるんです。
例えばこの映画だと、最も気になるのは「一果は何故バレエがうまいのか」。その理由を描いておかないと、観客の頭にはずっと「?」が浮かんだまま観ることになってしまいます。バレエの先生に「習ってた?」と聞かれ薄く頷くシーンや「癖あるねぇ」と言われるシーンはありますが、これだけでは弱いです。実は3歳からバレエを習っていて、小4の時に親の事情で辞めさせられ、それからは独学で練習してた、といった説明がないとスッキリしません。
バックストーリー以外でも、ストーリー上、説明しておくべきことがあまり描かれていない印象です。とくにナギサと一果が心を通わせていく過程はもっとしっかり描いてほしいです。二人がそこまで互いのことを信頼しあうようになる要素ってあったっけ?という疑問が最後まで残りました。
一果のバレエ友だちのりんが怪しい撮影スタジオに通って母親の期待を裏切るような行動を取っている理由もいまいち明確ではないですし、りんは最後はバレエができなくなったことに絶望したのでしょうか、それとも母親の期待に応えられなくなったことに悲観したのでしょうか。
また、一果の母は最後、どうして一果がナギサのところに行くのを許したのでしょうか。
こういったことは、できれば説明してほしいです。
でも冒頭に書いた通り、この映画ってこんなに説明不足なのに、全然理解できないっていうこともないんですよね。
一果のバレエがうまいのも、「あぁ、習ってたんだ。きっと元々才能あったんだろうね」と思えなくはないですし、ナギサと一果が心を通わせていくのも、一果が最初は掃除を拒否していたのにある日突然部屋を片づけていてナギサが驚くシーンとか、まったく描かれていないわけでもないので想像できます。りんの心情も、足の怪我が原因だとわかります。
たぶん想像できるかできないか、ギリギリのラインを狙って作られているんですよ。そこが巧いなぁ〜と思いました。
とはいえ僕は、ちゃんと説明してほしい派です。
テーマとか世界観とかスタイルによっては、描かずに想像させた方が深い作品になることがあります。説明が入るとテンポが悪くなるから、あえてそのシーンを外す場合もあります。でも、基本的には説明不足だと感じさせない方が良いと思っています。