「大切な人の為に、白鳥は舞い踊る」ミッドナイトスワン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
大切な人の為に、白鳥は舞い踊る
邦画でも近年、LGBTやネグレクトを扱った作品が徐々に作られるようになってきた印象が。
『彼らが本気で編むときは、』『万引き家族』『his』…いずれも力作/良作ばかり。
また一つ、素晴らしい作品が舞い踊った。
トランスジェンダーの凪沙。
貧しい生活を食い繋ぎ、いつの日か性転換手術を受ける為、新宿の片隅のショーパブのステージに立つ日々。
そんなある日広島の実家の母親から、育児放棄されている親戚の娘を預かるよう頼まれる。
凪沙と預かる事になった少女・一果の共同生活が始まるのだが…。
頼まれたのは何も凪沙が面倒見がいいからではない。養育費と交換条件で嫌々。それに、子供が大嫌い。面倒かけたら殺す/追い出すといきなり釘を刺す。これじゃあ暴力を受けてないだけで、実母の元に居るのと変わりない。
親の愛情を知らぬ一果。常にブスッとした無表情、無口。何を考えているのか分からない。転校早々問題を起こす。
片や早くももううんざり。
片や全く心開かず。
最悪の共同生活…。
が、
この手の作品、この手の設定。
二人の距離が少しずつ縮まっていく様が、分かっていても魅せられる。
そのきっかけとは…、
下校中、バレエ教室を覗く一果。
一日体験。どうやら経験があるのかもしくは才能があるのか、講師に気に入られる。
が、通えるお金など無い。教室も偶然学校も同じの親しくなった女子に誘われ、いかがわしいバイトを。そこでまた面倒を起こす。
凪沙が呼ばれ、初めて一果がバレエを習っている事を知る。
講師はバレエを続けさせ育てたいが、当然凪沙は反対。一果は自暴自棄になり、自傷行為を。
さすがに心配した凪沙は、一果を店へ。
凪沙らが客と揉め事。
その時、一果が突然ステージに上がり、バレエを踊る。
自分も下手くそなバレエを踊っている凪沙だが、こんなに美しい白鳥を初めて見た。
魅了され、心を奪われた凪沙の表情…。
自身の白鳥ヘアアクセサリーを一果に譲る凪沙。
「あげる」の一言は、「続けなさい」の言葉に他ならない。
一果を優しく抱き締める凪沙。
一果にバレエを教えて貰う凪沙。二人で一緒に踊る。
凪沙手作りの豚肉の蜂蜜と生姜焼き。違うでしょ、ハニージンジャーソテー。
バレエが繋ぐ。
この世界に、その片隅に、あったんだ。
こんな温もりが。優しさが。
交流が。愛情が。知らぬ内に芽生えて。
それまで見せなかった笑顔が自然と。
どん底のような場所で差別の対象、偏見の目。
全く愛されてもいなかった。
そんな二人に突然訪れた、穏やかで幸せな日々。
…いや、ひと時。
くどくどは言わない。草彅剛が素晴らしい。
元々演技力に定評はあったが、新境地、入魂、キャリアベスト。
トランスジェンダーとしての佇まい、悲哀。
その中に滲ませた母性愛の顔。
年末、多くの主演男優賞を受賞して欲しい。個人的には、今年の邦画の主演男優賞は決定だ。
劇中でバレエの才能を見出だされたと等しく、服部樹咲という才能が彗星の如く現れた。
演技の経験はナシ。オーディションで選ばれた新人。確かに演技はちと拙い部分もあるが、それがリアルでナチュラル。と言うか、堂々とした存在感。垢抜けない少女が美しくもなっていく。その成長も体現。こちらは新人賞で注目されるだろう。
圧巻だったのは、劇中で披露する素晴らし過ぎるバレエ。やはり、バレエ経験者。幾つもの舞台に立ち、幾つものコンクールで賞も取っている若きバレエ実力者だとか。
その演技もバレエも注目…いや、必見!
他キャストでは、バレエ教室講師の真飛聖が全く違和感ナシのハマり役。いい役回りでもあった。
ついでに、田口トモロヲのママも。
一果と親しくなるりんも印象的。友情を深めたり、妬んだり、特別な感情を抱いたり。最期の踊りは美しくも衝撃的であった。
樹咲の実母に水川あさみ。最初水川だと分からなかった。毒親だが、娘のバレエを見て…。人は急には変われないが、女手一つで子供を育てる苦労。卒業式のシーンでは母の顔だった。
監督の内田英治の作品を見るのはこれが初めて。
話題になった『全裸監督』の演出を務めたり、映画監督作ではマニアックな作品が多いようで。
自身の体験に基づいたオリジナル脚本。
繊細な演出で時に優しく、時に胸痛く切なく、作品世界に見る者を引き込み、ストーリー語りも見事。役者たちから名演も引き出し、初鑑賞だが内田監督の代表作なのではなかろうか。
映像や音楽も美しい。
今年公開された邦画の中で最もというくらい絶賛の声が寄せられている本作。今年を代表する邦画の一つなのはまず間違いナシ。
その一方で、批判的な声も。
LGBTやネグレクトを扱った際のステレオタイプ描写。
貧困、最下層、夢も光も無い…。
これ事態が虐げる差別/偏見そのものではないかという指摘。
否定も肯定も出来ない。何も知らぬ私が何を言ってもそれは偽善か他人事。
しかし、現実に差別/偏見の対象となり、喘ぎもがき苦しむ性的マイノリティー者が居る事は事実。
何故、私たちだけ…?
ありのままの私で生きる。…なんて、理想的な大言壮語かもしれない。
クライマックスの凪沙の決断など結果として愚かな間違いかもしれないし、末路はあまりにも哀しい…。
そんな中で、美しい白鳥を見た。
私の可愛い白鳥が飛び立った。
私に優しさと温もりを与えてくれた白鳥さん。
心の底から私を愛してくれた白鳥さん…。
誰かを愛す。
誰かを想う。
大切な人の為に、身を削る。
大切な人の為に、踊る。
二人のみにくいアヒルの子が、美しい白鳥へ。
評判につられ、隣町の映画館まで観に行って良かった。
今年の邦画のMY BESTはご贔屓大林宣彦監督の『海辺の映画館 キネマの玉手箱』に…と決めていたのだが、
今年の邦画のMY BESTだ!
性同一性障害と言う言葉はありますが、あくまでも個性であって社会福祉上の制度的支援はなく、経済的自立を果たすためには、隠し通すか、この映画に出てくるような限られた範囲の仕事を選択するしかないというのもたぶん事実。
出口の見えない生きづらさを抱える当事者目線の優しいレビューですね。
映画については、描き方に不満のある立場ですが、そのこととは関係なく。
近大さんへ
コメントありがとうございました!
何はともあれ、大衆迎合を目指さないクセの強い邦画が観たい今日この頃です。欲を言えば、クセが強くて完成度の高いヤツ。そう言う意味では、この映画は、ほぼ最高でした!
近大さんへ
母親が水川あさみさんだと気づかなかったのは同じです。飲み屋で酔いつぶれてた場面の、眼をそむけたくなるくらいの落ちぶれ感w
個人的には、今年邦画の一番は37secondsで、これが二番目です!