「私たちの失われた30年」弥生、三月 君を愛した30年 select900amdさんの映画レビュー(感想・評価)
私たちの失われた30年
きっと私たちは、弥生のように周囲に嫌われてもいじめられている親友をかばい、自分の正義を貫くという義侠心を忘れてしまったのだろう。
おかしいことをおかしいと言い、これを正すこと。
自分にとって大切な人を裏切らないこと。
この大切な人を世間の偏見や誤解や邪な我欲から守りきること。
こんな自分の人生から逃げないこと。
何があっても共に生き続ける事。
こんな弥生にサンタは強く惹かれた。
こんな自分を信じていてくれるサンタに弥生も惹かれる。
こんな自分の真実を誰に恥じることなく大切に貫くことをきっと私たちは忘れてしまったのかもしれない。
このことを悔しいと思い、悲しい情けないと言い、辛いと弥生はずっと叫んでいたように思う。
そして、当の弥生でさえ、悔しさと悲しさとあまりのつらさに自分を見失い、この世のどん底を見る。
たしかに人生には自分ではどうにもならない災害や困難が降りかかる。
この30年、私たちは人生をズタズタにされる想いで過ごしてきたのではないだろうか。
そして、私たちは自分を見失い、現実は甘くないと思い、誰かのことを必死にかばったりする余裕もなくして、貧しく、なりふり構わず只々盲目的にこの過酷さに翻弄されてしまったのだ。
私たちの心はズタズタに引き裂かれ、まだ瓦礫によって埋め尽くされている。
二人が本当の想いを告げられず、すれ違いを繰り返す姿は、私たち自身の姿を観るようだ。
だが、一旦自分が追い求めた「自分の真実」は、自らの人生をあやなす人たちを捉えて離さなかったのだし、なにより弥生自身を捉えて離さなかった。
薬害エイズの犠牲になり、短い人生となったサクラに自らを全うさせようと励まし続けた弥生に、30年の時を経て、天使のように天真爛漫なサクラからのメッセージが届く。
やがてサンダに見守られながら、この自分の真実を誰はばかることなく全力で追いかけようと改めて誓うことになる。
弥生がサクラに対してそうしたように、自分の大切な人を当たり前に大切にし、不正義や誤解や偏見から守り通し、どんなことがあっても共に生き続ける事なんだと弥生は改めて信じたに違いない。
もしこの世の中に弥生の様な人が居なかったら、どんなにすさんだ世の中になるだろう。
この世に生きている意義なんて無に等しくなるのではないだろうか。
自分のことはさておき、誰かのために必死になり、烈火のように怒り、戦い、悲しみ、自分の真実を生きる辛さを共にしてくれる人が居なかったら、私たちは何のために生きるのだろう。
当の弥生にとってそれは、サクラからのプレゼントを届けに来たサンタだった。
これは弥生がサクラに送ったプレゼントのお返しだったのだし、これを届けることはサンタの使命でもあった。
そして、弥生はこの二人の想いに応える。
これは偶然ではない。
私たちは、このような想いの連鎖の中で、互いに想いを融通し合いながらやっとのこと生きているのだし、人を癒し、自分を癒し、花を咲かせるのではないだろうか。
もう一度、なにかをひたすらに信じ、この信じたことを生きるということを取り戻せとこの作品はこの過酷な30年を通じて私たちに迫っている。
単なるラブストーリーと観てはいけない。
もし、このドラマが面白くないと感じたのなら、このドラマを描いた遊川さん自身が本当のことを躊躇して語りきれなかったかもしれない。
自らの真実を躊躇してはいけない。
こんなドラマだった。
今晩は。
私が書き切れなかった部分まで触れた、哀しくも美しい”決意”を込めたレビューを拝読させていただきました。
沁みました。
余り、レビューを上げられていないようですが、お時間のある時にレビューを上げて頂けると有難いな、と思いました。
では、又。