「かつてヤクザの扉を叩いた男が、希望の光と扉を開く」すばらしき世界 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
かつてヤクザの扉を叩いた男が、希望の光と扉を開く
西川美和が、またやった!
役所広司が、またやった!
この2人の初タッグ! この2人のタッグでつまらない訳がない!
タイトルに掛けて言うなら、“すばらしき傑作”!
今年は近年稀に見るヤクザ映画の当たり年。
『ヤクザと家族』はヤクザの世界に入った男の一代記。
『孤狼の血 LEVEL2』は警察vsヤクザの直球。
本作は視点を変えて。
ノンフィクション小説を基に、殺人を犯した元ヤクザの男が社会復帰する様を描く。
三上正夫。
福岡で産まれ、幼い頃に芸者の母と生き別れ、少年の頃から早くも粗暴の面。
若い頃からヤクザの扉を叩き、以来その世界に。前科10犯。人生の大半はムショの中。
とある殺人事件の13年の刑期を終え、今度こそ気質になろうと決意するが…。
まずは、三上というキャラ像。
短気ですぐカッとなる。大声上げて怒鳴るモンスター的な面も。それ故トラブルもしばしば。
苦しめられている弱者を見過ごせない。実直過ぎる許せない。それ故トラブルもしばしば。
ムショで技能を学び、ミシンや手芸の才能はなかなかのもの。
こういうのを見ると、元極道もんであっても決して極悪人じゃないと感じる。
ちょっとユニークだったのは、出生地は違うが、芸者の母、ヤクザもん、放浪癖、短気、人間味がある…何処か寅さんに通じるものを感じた。
出所して早々、高血圧で倒れる。
仕事探しに苦労。免許の再取得にこれまた苦労。
かつてヤクザの世界では一匹狼として幅を利かせていたが、ひと度気質の社会に出れば…。
“すばらしき世界”どころか、“くるしき世界”。
三上が体験するこの社会。
くどくど言うまでもない。役所広司が名演。喜怒哀楽を体現。
出所した三上は社会復帰と共に、母親との再会を願う。
そんな三上の事を記した“身分帳”に興味を持ったTVプロデューサーの吉澤から三上を取材するよう半ば強制的に押し付けられたディレクターの津乃田。
その母親との再会探しの手伝いは口実で、感動ドキュメンタリー製作。
特に吉澤はTHE TVマン…いや、ウーマン。スクープ優先。
本来なら“理解者”である立場の津乃田。
しかし序盤は第三者/客観的な目線。
前科者の元ヤクザに対し、「罪の意識は無かったんですか?」と直球過ぎる質問。我々の代弁者かもしれない。
あるシーンで改めて思う三上への畏怖。
対立、言い争い…。
が、ある事がまた2人の親交を深め、津乃田も本当に三上の理解者となる。
活躍著しい仲野太賀が好助演。
一度社会のレールを外れた者が再び戻ろうと必死に努力する。
いい話ではあるが…
社会はそう優しくはない。…我々も。
三上は元ヤクザの上に前科10犯の殺人犯。
そりゃあ誰だって偏見の目で見てしまう。身分帳を見た津乃田の最初のリアクションが正直。
厳しい言い方かもしれないが、そう生きてきた自業自得。
しかし、身元引受人の弁護士先生が言っていた。社会が彼らに救いの手を差し伸べないと、救われず網の目から落ちた者たちは再び元居た場所に戻ってしまう。それもまた社会の無責任、不条理。
一時、三上は何をやってもダメな時があった。
むしゃくしゃむしゃくしゃ、虫の居所が悪く、今にも爆発しそう…。
そして彼はかつての“兄弟”の元へ。(白竜、僅かな出番だけどさすがの役所!)
こんな“くるしき世界”とは違う、やはり自分が生きてきた世界。
皆々が喜んで迎え入れてくれたが、実はこの組も苦境。
ヤクザが生きていくには辛すぎる今の時代。
兄弟にピンチが…。
助太刀に行こうとするが、奥さんに止められる。(キムラ緑子も出番僅かだけど、印象に残る)
そう。苦しいが、ここが踏ん張り所。
再びヤクザに戻るか、くるしき気質の世界で生きるか。
そして三上が選んだのは…。
ヤクザの殺人犯の更正話を美談にした偽善と思う人もいるだろう。
挫けるか否かは、本人の心の強さ弱さ。
周りのサポートもあって。
そんな姿と関係に、胸打つ。
オリジナル脚本もしくは自身の小説を映画化してきた西川美和にとって、初めて他人の小説を映画化し話題に。
徹底的に取材したという社会システム。リアルな人物&心理描写。一見シリアスな中にもユーモア…。
巧みな手腕はいつもながら天晴れなもので、本当に2時間があっという間だった。
監督が作品で一貫して描く、社会に適応出来ない者。疎外者。弾かれ者。
そんな彼らへの優しい眼差し。
…だが、ただの甘い話だけには終わらないのが現実的。
母親との再会はならず。が、失われた過去の思い出に触れる事に出来た。
紆余曲折あって、堅実に晴れて仕事を見つけた三上。
介護施設の助手。
生き甲斐を見出だし始めるが…、施設内で知能遅れのヘルパーへのいじめを目撃してしまう。
そのヘルパーと交流もあり、助けに行ってこそ三上。
が、ここでまた揉め事を起こしたら…。
どうしても“注意”だけが出来ないのが三上という男。
“逃げるが勝ち”という言葉があるが…、またまた苦しいが、ここが堪え所。
笑顔で語り掛けて来たそのヘルパー。
彼への三上の眼差しが、自分を重ねたのか何処か悲しい。
偏見、いじめ、肩身が狭く生きづらい。
かなしき世界。
くるしき世界。
しかし、サポート者、理解者、最初は誤解あっても分かり合えば応援してくれる人たちが必ず居る。弁護士先生の橋爪功とその奥さん・梶芽衣子、万引き疑いをきっかけに親しくなったスーパーの店長・六角精児、ケースワーカーの北村有起哉らとの交流。元奥さん・安田成美も見捨てておらず、終盤に掛けてきた電話が心温まる。
やさしき世界。
やっと辿り着いたスタート地点。その矢先…。
序盤からの伏線とは言え、悲しいラスト…。
が、
人生の大半をムショで過ごした男。しかも、元ヤクザの殺人犯。
人生の最期の僅か一時でも、社会の酸いも甘いも、己の不甲斐なさ、やればまだまだ出来る、周りの優しさに触れて、悲しいが、誰にも開かれもたらされる扉と、希望の光の空を見た。
すばらしき世界。