「階層」すばらしき世界 U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
階層
最後に流れるタイトルコール
「すばらしき世界」
皮肉めいた終幕で、全編通して愚痴のような印象を持った。
「身分帳」という原作から着想を得たらしい。
服役する囚人の経歴をこと細かに記したものだそうな。犯罪を犯した者は区分けされ、その生態を記される。まぁ…それはいい。そういうシステムだ。
異常な事とは思わない。
異常な事をした人なので、本人の為にも周囲の為にも必要なのだろう。
問題なのは「世界」のあり様だ。
鑑賞後、凄く具体的に個人の数だけ世界は存在すると思えた。世界は1つだけれど1つではない。
俺にも、電車で居眠りしてる眼鏡をかけたおじさんにも当たり前のように存在する。
同じ世界に生きてはいるが、同じ世界を見てはいない。
そんな感想を持ったのも、想像だにしない三上の世界に衝撃を受けたからだろう。
役者陣は皆様熱演だった。
役所さんは方言を話しているだけなのに、役所広司ではなく三上に見える程だった。
恫喝する眼差しや、台詞の扱い方…ちょっと今まで見てた役所広司ではないように思える。
素晴らしかった。
彼は出所後、更生の道を模索する。
だが生来の気質がそれを正しいと判断してくれない。メディアにほだされ、その気質を解放した時は水を得た魚のようだった。まさに自分が生きてきた世界に帰ったのであろう。
カメラマンの不在が分かった後は、自分が負かしたチンピラに「おう、立てるかー?飯でも食いにいこやー」と天真爛漫に声をかけてそうだ。
カメラマンは逃げ出す。
違う世界の住人と関わる事を拒絶したのだろうか?
彼を追うディレクター。
彼女にも彼女の住む世界があり、その世界から彼は拒絶されたようにも見えた。
紆余曲折を経て、三上は更生の道を歩き出す。
彼が選んだ世界は、自分を殺す事から始まるようだった。周囲の人間は三上を諭す。
「我慢するのよ」「今までみたいな事しちゃ駄目よ」
至極真っ当な正論である。
だがそれは、ありのままの自分を否定する事と同義で、それを誤魔化す為に「成長」なんて言葉に変換されたりもする。
彼は従い、自らを変革していく。
彼の世界は一変する。
世界自体は変わらない。彼の世界だけが変わるのだ。
そして、遂には自分を殺した。
そうしなければ、三上の選んだ世界は三上を受け入れてはくれないのだ。
同僚に相対し涙したのは、悔しさだろうか?それとも謝罪だろうか?
支援者から就職祝いに貰った自転車をこぐ三上の目はとても穏やかだ。だけど生命力は皆無であった。
かつての溢れんばかりに漲っていた命の荒々しさは、その眼差しに宿る事はない。
そこにかつて愛した女性からの電話。
ささやかな、ホントにささやかな幸せを目前に、三上は死ぬ。
「これからじゃん…三上さん、これからじゃんかよ?」
と、支援者達の声が聞こえてきそうだ。
その直後にタイトルコール
「すばらしき世界」
…絶句。
前科者のヤクザって設定だから、振り幅は多いものの…三上に限った話じゃない。
この世界は、ありのままの自分では生きられないように形成されているのだ。
我慢を根底に、ルールを覚え調和に細心の注意を払う。自分の世界とは、違う世界と折り合いを模索しながら生きていかなくてはならない。
いや、自分の世界を違う世界の価値観に変換し続けなけば生きていけないのだ。
最後に彼は死ぬ。
安堵したような目が印象的だった。
「これでようやく生きていかなくて済む」とか「良かった。死んだようにではなく、ちゃんと死ねる」だろうか?
解き放たれたかのように映し出される空。
三上のようにはなりたくないと思うだろうか?
俺は違うと胸を撫で下ろすのだろうか?
不安に思う事はない。
もう既に、三上の状態にはなってる。
知らず知らずの内に。
自覚が伴わない分だけ幸せなんじゃなかろうか?
これが「すばらしき世界」の詳細なわけだ。
映画館を後にし、個人を鮮明に意識した。
この人にも、あの人にも世界がある。
素晴らしいかどうかは分からないのだけれど、素晴らしいと思いたい世界は、俺と同じような尺度であるんだと考えられた事が、何よりの収穫だった。