「殺人の罪で13年間、旭川刑務所に服役してきた三上正夫(役所広司)。...」すばらしき世界 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
殺人の罪で13年間、旭川刑務所に服役してきた三上正夫(役所広司)。...
殺人の罪で13年間、旭川刑務所に服役してきた三上正夫(役所広司)。
懲役10年の判決だったが、刑務所内での問題行動により、服役期間が延びたのだった。
身元引受人は東京の弁護士の庄司(橋爪功)。
幼い頃、生き別れた母親の行方を知りたかった三上は、その捜索を助けてもらいたく、刑務所内で書き写した「身分帳」をテレビ局に送付していた。
それに目をとめたのが女性プロデューサーの吉澤(長澤まさみ)で、彼女は「身分帳」を、映像ディレクターの津乃田(仲野太賀)に渡して、三上の取材をすることを企画する。
小説家に転向を考えていた津乃田だったが、元殺人犯への取材ということで乗り気になり、三上に向けてカメラを回すことになった・・・
というところからはじまる物語で、このように書くと、なんともヘヴィな社会派映画を連想するが、映画自体から受ける印象はそれほど重くはない。
(といって、かなり重いテーマが含まれているのですが)
映画自体を重苦しさから救っているのが、役所広司演じる三上のキャラクター。
4歳で母親に捨てられ、14歳でヤクザの組に出入りするようになり、すぐさま少年院に収監。
その後、何度も塀の中で過ごし、人生の大半がムショ暮らしだった三上は、
「真っ直ぐ」で「曲がったことが嫌い」、「思いやりもある」が「癇癪持ち」、つまり、裏表のない性格。
たしかに、怖いことは怖いが、どことなく人好きのする憎めない性格でもある。
このキャラクター、かつて観たような・・・
そう、車寅次郎、寅さんだ。
そうみると、周囲の人物配置も『男はつらいよ』に似ている。
身元引受人の弁護士夫婦(妻役は梶芽衣子)は、団子屋・くるまやのオイちゃん、オバちゃん。
映像ディレクターとしての正念場のいざという時に逃げてしまう津乃田は、甥の満男(彼は、寅さんとは表裏の関係で、その内面は実はよく似ている)。
口喧嘩のような言い争いまでして親身になってくれるスーパー店長(六角精児)は、タコ社長。
役所のソーシャルワーカー(北村有起哉)は、公的立場であるので御前様。
そして結ばれることのない永遠のヒロイン妹・さくらは、別れた妻(安田成美)といった具合。
(念の入ったことに、寅さんの母親と同様、三上を棄てた母親も、元芸者!)
三上をとりまくひとびとは親身になって、彼が堅気になることを願っている。
しかしながら、世間はそれほどやさしくない。
元ヤクザ、元殺人犯を簡単に認め、赦すようにはできていない。
まさに、三上はつらいよ、である。
そんな優しいひとびとがいても、生きづらい三上は、世間から逃げ出してしまう。
もと居た世界、兄弟分(白竜)を頼って九州へ逃げてしまう。
(とらやで喧嘩した寅さんが、旅の空へ戻っていくのと似ている)
けれども、元の世界はもっと生きづらい。
姐さん(キムラ緑子)が言う台詞が、この映画の肝だろう。
「世間で生きていくのは我慢の連続だ。けど、空は広く見えるっていうよ。それを、ふいにするのかい」と。
ここで、三上は、生きづらい世間へ戻っていく。
我慢の連続、逃げるのも恥ずかしいことじゃない、自分のいちばん大事なところだけを曲げなければいいんだ、と諭されて。
介護施設でのパートタイム仕事を得た三上は、その現場で嫌なものをみてしまう。
施設で働く知的障がいの若者を、施設の正職員が詰っているのを。
若者に非はあるが、若者の行為をなじるのではなく、彼の存在を哂う世間を・・・
その哂いの底では、自分と同じ立場の者をわらっているのを知りながら、黙ってこらえ、自分自身を欺いてしまう・・・
自分を欺いてまで、この世間で生きているのだろうか?
自分を欺て生きているこの世界は、「すばらしき世界」なのだろうか?
その言葉を掲げるように、映画は「広く見える空」を写して出して終わります。
「すばらしき世界」、映画のタイトルは願いなのだろう、と感じました。