「愛に死す 愛に報いる」ナイル殺人事件 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
愛に死す 愛に報いる
シェイクスピア作品が定番だったケネス・ブラナーが、新たな金脈を掘り当てたのが、前作『オリエント急行殺人事件』。
ミステリーの女王、アガサ・クリスティーが生んだ名探偵、エルキュール・ポアロを再演。
『オリエント急行殺人事件』は旧作版も見て犯人やオチも知っていたが、今回の『ナイル殺人事件』は旧作版は見てないような…。犯人やオチを知らなかった。見た事あるのは別の“事件”だったかも…。
なので、シンプルにこの“ミステリー・クルーズ”に乗船。
そう。前作が列車なら、今回は船。(船の中で起きる事件…今ならあの事故で不謹慎かもしれないが)
大富豪の娘リネットは結婚したばかりの夫サイモンとハネムーン。
豪華客船でエジプトのナイル川を行く。友人、知人、親族…多くの招待客を乗せて。
友人ブーク(『オリエント急行殺人事件』から引き続き登場)とばったり出会い、ポアロも招かれる。
美しいエジプトを巡りながらの贅沢クルーズは申し分ない。
気分は最高だが、船の中は…。
金も美貌も兼ね備えている“ワンダーウーマン”な新婦に対し、新郎は文無し。逆玉。
そんな結婚に冷ややかな目も…。
招待客の中には、新婦一族に苦水を飲まされ、人生をメチャクチャにされた者も…。
さらに、新婦新郎それぞれの元婚約者の姿も…。
幸せと祝福に見えて、実際は憎しみ、恨み、ギスギスした人間模様。
何か起こらない訳がない。
発狂した新郎の元婚約者ジャッキーが、サイモンに小銃で発砲。サイモンは足に怪我を負う。
この元恋人同士であった男女のいざこざは、これから始まる“事件”の幕開けに過ぎなかった。
翌朝、新婦リネットが小銃で撃たれ殺された姿で発見される。
それを皮切りに、第2、第3の殺人が…。
ポアロは“灰色の脳細胞”を駆使して、捜査を開始するが…。
舞台は川を行く船の中。
言わずもがな、犯人は乗客の中にいる…!
凶器は小銃。所持していたジャッキーに疑いが掛かるが、彼女は犯行時刻、アリバイが。足を負傷したサイモンも然り。
聞き込みを始めると、次から次へと飛び出すリネットと彼女の一族への憎悪。つまりは、乗客ほぼ全員に動機がある。
そんな中発生した第2の殺人。被害者は、リネットのメイド。彼女は、犯人の姿を目撃していた…?
そう証言したのが、第3の殺人の被害者。
その被害者はポアロにとってまさかの…。しかも、ポアロの目の前で…!
愛憎と哀しみ乗せたこの謎を、ポアロは解決出来るか…?
前半1時間はじっくりと、容疑者たちと怪しい動機やエピソードを見せる。
容疑者は…
新郎サイモン、その元婚約者、ポアロの友人、その母で画家、ブルース歌手、その姪でマネージャー、リネットの元婚約者の医師、リネットのいとこで財産管理人、リネットの後見人、その友人で看護師…。
消えた凶器。無くなった幾つかの持ち物。勿論それらは事件に関わり…。
新婦新郎の愛憎関係だけではなく、ポアロの友人ブークとブルース歌手の姪の恋愛関係なども同時進行。
ミステリーのキーの一つは、“愛”。
人は愛の為なら…。
後半は一気に謎解き。
犯人やオチを知らなかったので、純粋に犯人捜しを楽しんだ。
ズバリその犯人は…、新郎サイモン。
何を言ってるんだ、ミスター・ポアロ。足を負傷した僕がどうやって…?
確かにサイモンには一見完璧なアリバイや、第3の殺人の時追うポアロから走って逃げる姿が目撃されている。
サイモンには無理。第2、第3の殺人は。サイモンはリネット殺しの犯人。
共犯者がいる。その共犯者は…、ジャッキー。
彼女にも完璧なアリバイあるが、それこそ犯人二人による巧妙なトリック。
ジャッキーがサイモンに発砲した小銃は空砲。サイモンは怪我を偽造。
騒ぎで一人になった時、サイモンはリネットを弾を入れた小銃で殺害。その後、自分で小銃を撃って足を負傷。
二人の犯行計画を知ったリネットのメイドを、ジャッキーが口封じで殺害。さらにその場を目撃したある人物も彼女が…。
彼女こそ黒幕と言っていい。
リネットとサイモンの結婚に嫉妬し、船にまで乗り込む目障りな元婚約者。
が、本当は、ジャッキーとサイモンはまだ恋人同士。愛し合っている。
サイモンがリネットと結婚し、財産を手に入れて、彼女を殺害。
その後人知れず落ち合い、金も愛も私たちのもの。
自分勝手…と言うより“二人勝手”な動機と犯行だが、これも愛故。
歪んだ愛の形ではあるが、最期心中する二人の姿は哀しい。
人は愛の為なら…。
明かされていくトリックや犯人は、さすが“アガサ・ミステリー”。面白味あった。
コロナ禍云々だからではなく、おそらく私は人生の中で行きたくとも行けないだろう。
だからこそ、エジプト旅行の気分だけでも味わえる。
70mmフィルムで撮影されたエジプトの美しい風景。
ゴージャスな船内、華麗なファッション。
これらも醍醐味の一つ。
正直キャストは前作の方が豪華。旧作版同様のオールスター・ムービーであった。
それでもこちらも、ガル・ギャドット、アーミー・ハマー、アネット・ベニングらビッグネーム。知名度はまだ低いかもしれないが、中でもジャッキー役エマ・マッキーが光っていた。
彼らが織り成す嫉妬、怒り、哀しみ、愛の人間関係図は、前作より色濃かったと思う。
2作目ともなると役や演技に余裕が出てきたばかりではなく、よりポアロ像が語られる。
開幕の第一次大戦時のエピソード。顔に深い傷を負い、奇抜な口髭を生やしたのはそれを隠す為。
当時恋人がおり、その悲恋…。
この『ナイル殺人事件』は、ポアロの運命を変えたとも言われているよう。確かに彼の心に深い悲しみの傷を遺した悲劇が…。
第3の殺人。友人ブークの死。
乗船前のブークとのばったり出くわしは、偶然ではない。実は、ある人からの依頼。ポアロは友人の幸せの為に。
が、友人は事件に巻き込まれ…。
ある時犯人の姿を目撃した友人から犯人を聞き出そうと追い詰めてしまったばかりではなく、死なせてしまった。
何が名探偵だ…? 友も救えず。
ポアロにとって苦く、痛々しい悲しい事件。
だからこそ、解決する。友の無念を晴らす為に。
友情も愛と言うならば、本作のポアロもそうだろう。
人は愛の為なら…。
ミステリーや旅気分の醍醐味は勿論、積み重ね始めたブラナー版ポアロ。
灰色の脳細胞、ユーモア、滲ませる渋みや悲しみ…。
また次なる事件と名推理も見たい。