「簡易検査キット」劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 うそつきかもめさんの映画レビュー(感想・評価)
簡易検査キット
国民的人気アニメの仲間入りを果たし、どう無視してたって耳に飛び込んでくるニュースは大げさに誇張されたように感動を押し付けてくる。「なにがなんでも見てやるもんか」と、意固地になっている自分がいたが、試しにアニメを見てみたら意外に面白い。途中から見始めて、ほとんど予備知識なしに映画館に行ったら、なんと『ワンダーウーマン1984』の初日よりもお客さんが入っているじゃないか。小さい子供さん連れの親子鑑賞も多かったが、このコロナ禍で映画鑑賞マナーも大きく変わった中、映画館のあり方も様変わりしてしまったようだ。
いくつかのポイントで、感想を抱いた。
1.作品の訴えかけてくるメッセージのあまりにも真っ直ぐな強さ。これはむしろ希少な部類に入るだろう。最近はここまでストレートに主人公の生き方を問う物語も無かったように思う。コミックの主人公であれ、ひとくせもふたくせもあるキャラクター造形が成され、そこに共感を呼ぶ作り方がほとんどだった。家族とか、仲間、組織、敵など、分かり易い構成になっていながら、深く掘り下げると丁寧に描き込んである。重箱の隅をつつくような難癖をつけてくるファンに正面突破で直球を叩き込む作者の潔さに、老獪なしたたかさを見た。実際にはどんな人が作ったのか知らないが。
2.次に感情を揺さぶる演出の見事さ。クライマックスのエモーショナルな爆発までの見事な波。軽い笑いから、大粒の涙まで、見る人の呼吸を支配しているかのように巧みに引っ張っている。PG12ということで、学童以下の幼児にはハードルが高かったようだが、亥之助や善逸の動き回るシーンではちびっ子たちも見入っていた。禰豆子のちょこまかとした動きにも気を取られたようだ。そのバランスが絶妙に配してあり、全編通して、ストーリーよりも感情の起伏をコントロールすることに主眼が置かれているようだ。見事としか言いようがない。
3.登場人物の背景が、彼らの見る夢の中で簡潔に語られていること。初めて見る私にも、キャラクターの成り立ちがはっきりと見えるように作られている。特に、本編の主人公ともいえる煉獄杏寿郎の生い立ちは、ほとんどセリフのやり取りのない炭治郎たちにとっては謎のままだが、彼の見る夢を介して観客には読み取れるように作ってある。煉獄の生きざまは涙なくして見ていられない。逆に、列車に乗る一般人たちのあまりにも平板な魅力の無さに落差を感じるが、些末なことだ。単体でこの映画だけを見ても、普通に入り込めるように作ってある。
4.自然に自分の過去を振り返るきっかけを作ってくれるお話になっていること。昔、父親と一緒に見に行った最後の映画『さらば宇宙戦艦ヤマト』を思い出したが、あれも自己犠牲と守るべき大切なものを賭けた人間賛歌だった。そこに軍国主義を垣間見た人たちはたとえ子供向けのアニメとは言え、決していい心持ちはしなかっただろう。父もその意識があったのか、「あれはマンガの中のお話だから」と、感動の涙を流す私に「死んで花実が咲くものか」と言いつけた。今、この映画を自分の子供と見たとすれば、いったいどんなことを思うのか、考えさせられるきっかけになった。ほぼすべての国民が大きな災禍に巻き込まれた2020年に、まるでリトマス試験紙のように現れた映画。自分は何色なのか?知るきっかけになる映画だ。今風に言い換えるなら、簡易検査キットともいえるかもしれない。この映画に免疫がある人は、何の影響も受けずに、普通に受け流せるのだろう。