「唯一無二の記事をたっぷり掲載。名誌に敬愛を込めて」フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊 近大さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5唯一無二の記事をたっぷり掲載。名誌に敬愛を込めて

2022年4月19日
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ウェス・アンダーソンの長編監督10作目に当たる本作。
インディーズ界の異色の俊英から、いつの間にか現代映画界屈指の鬼才にして人気監督へ。それも唯一無二の手腕と作風の賜物。
コミカルでシニカル。カラフルで、計算し尽くされたカメラワーク、編集。個性的な登場人物らが織り成す風変わりな群像劇…。好き嫌い分かれるが、ハマったら病み付きになる。
題材も毎回毎回ユニーク。キテレツ家族物語、海洋冒険、ロードムービー、ストップモーション・アニメ、青春コメディ、グランド・ホテル殺人ミステリー…。
本作は、“雑誌社”。記者たちによる人間模様は、なるほど確かにアンダーソン群像劇にぴったり。
…と思いきや、ちょい(と言うか)いつもながらの変化球。
20世紀。フランスの架空の街にある、アメリカの雑誌社“フレンチ・ディスパッチ”の編集部。
国際問題、アートにファッション、美食に事件…多岐に渡った記事で長年人気を博していたが、編集長が急死。彼の遺言に従い、廃刊が決定…。
作品で描かれるのは、記者たちの人間模様ではなく(勿論それも描かれるが)、メインは最終号の掲載内容。言わば、記事の“映像化”。

アンダーソンのスタイルである群像劇でありつつ、それよりオムニバス形式風。短編のオムニバス映画を撮るのが念願だったという。
エピローグとプロローグで挟んだ全4章。

エピソード1:自転車とレポーター
編集部がある街アンニュイ=シュール=ブラゼを、自転車に乗った記者が巡る。美しい街並みから怪しい地区へも…。
紀行記事。

エピソード2:確固たる(コンクリートの)名作
服役中の天才画家が女性看守をモデルに新作を発表。芸術評論家による批評。
芸術記事。

エピソード3:宣言書の改訂
女性ジャーナリストが学生運動を取材。そのリーダーである青年の恋や青春を記す。
社会記事。

エピソード4:警察署長の食事室
美食家記者が警察署長のお抱えシェフを取材。署長の息子の誘拐事件に巻き込まれ…。
事件記事。

我々が新聞や雑誌を読む時、特に気に入った記事や特集があったりする。
どれも個性的だが、気に入った記事(エピソード)を探すのもお楽しみ。
個人的には、エピソード4。ミステリー風がアンダーソン作品の中でも特にお気に入りの『グランド・ブダペスト・ホテル』を彷彿させて。
事件解決に、お抱えシェフの料理を利用。誘拐犯一味に、毒入り料理を差し入れ。シェフ自ら運ぶが、毒味をさせられ…。
毒じゃなく睡眠薬でいいんじゃないの?…と非常に突っ込んでしまったが、ユーモアもあって毒もあって。一命を取り留めたシェフを記者が取材。掲載から外そうとしたその記事から、風変わりながら料理人や記者のプロフェッショナルを感じた。

アートに社会派、誘拐ミステリー…一本の作品の中に、様々なジャンル。これぞオムニバスの醍醐味。一粒で多種の味。
オリジナリティー溢れる脚本。
カラーとモノクロ、ワイドにスタンダードと映像や構図も作風や時代に合わせて表現。
美術や衣装は勿論、アンダーソン作品はロケーションも魅力。ウディ・アレンが『ミッドナイト・イン・パリ』を撮った時と等しく、フランスの風景に堪らなく魅せられる。
常連アレクサンドル・デスプラによるリズミカルな音楽。
ラスト、突然のアニメーション挿入。(新聞や雑誌によくある4コマ漫画的な…?)
EDの表紙アートもナイスセンス。
常連~ベテラン~個性派実力派~初参加のキャストによる極上アンサンブル。その面子は豪華過ぎていちいち名を挙げてたらキリないので、割愛。出てくる出てくる豪華な顔触れは、ご自身の目でのお楽しみに。
“アンダーソン・ワールド”は本作でも健在。
独自のスタイルを踏襲しつつ、長年住んでいたというフランスへのラブレター。
フランスの文化、文学や芸術や映画、活字へ愛を込めて。
アンダーソンが自分の好きなもの、やりたい事を惜しみなく“掲載”したような一品。

アンダーソン作品好きなら今回もたっぷり楽しめる。
自分も独特のアンダーソン作品は好きで、楽しいのは楽しいが、ここ近年の『犬ヶ島』『グランド・ブダペスト・ホテル』『ムーンライズ・キングダム』ほどはハマらなかったかな…。
フランス語の言葉遊びなど、分からないと面白さがさらに深く伝わり難い。
分かり難い部分もあり、エンタメではあるが、ちょいアート性や作家性より。これまでの作品より“愛読者”になれるか否か、好み分かれそう。
でも、それもある意味一つの乙。期待を裏切らないアンダーソンの世界観を眺めているだけでも飽きはしなかった。

本作はあくまで“最終号”を映像化したまで。
“フレンチ・ディスパッチ”は長い歴史がある。
つまり、ネタ尽きない記事がある。
もし、他の号も映像化したら…。
また別の魅力があり、また別のお気に入り号や記事もあるだろう。
そんな事をふと思った。

こんな事もふと思った。
“フレンチ・ディスパッチ”は惜しまれつつ廃刊したが、私もすでに廃刊した好きだった映画雑誌とかあったなぁ…。
“ロードショー”とか“DVD&ブルーレイVISION”とか…。
また読みたい。

近大